case7-3 『動揺』



 ノノとオルコットが軍学校にやって来たのは、エマとロロが現場検証を終えてからしばらく後だった。

 寮の前で合流をした二組はさっそく互いが得た情報の共有を行った。


「呪術ですか。これはまた特異なモノが出てきましたね」

「そうなのか?」

「珍しいと言った方がいいかもしれません。呪術は秘匿性が高く、継承も一族間でしか行われないのでそもそも使い手が少ないんです。魔導図書館でも私の知っている限り数人しかいません」


 エマの話を聞いて、ロロのふっくらとした唇が微かに緩む。


「使い手が少数なら好都合だ。それだけ容疑者を絞ることが出来る」


 さらにロロは手に持っていた資料をノノとオルコットの目の前に差し出す。

 これはなんだと言いたげの二人に対し、


「これは二人を待っている間にエマさんと調べたモノだ。内容は被害者の経歴だ。見て貰えば分かるが、被害者全員が同じ地区の出身、出身校まで同じだ」

「あっ、それはつまり……」

「流石、ノノちゃん。察しが良いですね」


 ニヤリと笑みを浮かべるエマに対して、オルコットはどういうことか分からずに戸惑う。


「どういうことなんだ?」


「先の説明に補足すると、呪術を使う際には幾つかの条件があるんです。一つ、術者は対象に一度でも接触しないといけません。一つ、術者は対象に負の感情を抱いてなければなりません。一つ、術式発動には手順があり、最短でも半年かかります。その分、効果は折り紙付きです」


「そうか! 被害者たちが軍学校に入ったのが一ヶ月前。術式発動のラグを考えると訓練兵は容疑者から除外される。──つまり容疑者は被害者の出身地区にいる」


「そういうことです。という訳で、その地区に行きましょう。きっと答えは全て揃っているはずです」


 エマはオルコットの腕を軽く叩いた。本当は肩に手を置きたかったのだが、身長差というのは残酷だ。


「さて、ここからはオルコットさんの出番ですよ」

「おう、任せてくれ」


 期待混じりの笑顔にオルコットは自分の胸を力強く叩く。

 次なる目的地を定めた一行だが、


「あ、あの、エマ様」

「なんでしょう?」

「先程から凄く熱い視線を感じるのですが……」


 寮の玄関から半身を出して熱烈な視線を向ける女性が一人。

 エマは苦笑してノノに言う。


「ファンサービス、お願い出来ます?」



×××



 エマたちは被害者たちの出身地区へとやって来た。

 その地区は軍事都市とは思えないほど閑静で趣きのある地区となっていた。

 エマ、ロロの二人はレストランで少し遅めの昼食を終えてティータイムを満喫していた。

 オルコットは先程までこの場に居たが、昼食を終えるなり情報収集へと出て行った。


「しかし、第三皇女直轄特殊部隊──コルニクスに新たな入隊者がいるとはな。聞いた時は耳を疑ったよ。あの男、第三皇女が気に留める程の傑物なのか?」


 エマはミルクティーを一口飲み、ティーカップをゆっくりと置く。毛先を指先で弄りながらオルコットという人物についての印象を述べる。


「はっきり言って普通の人ですよ。強いて言えば情報収集能力が高いくらいですかね。まぁ、オリヴィアは気に入らない人は誰であろうと拒絶しますから、少なからず彼に興味を持ったのかもしれませんね」


 どのような理由があれ、オリヴィアがオルコットに興味を持ってくれたのは良かった、と常々エマは思う。


 それからエマたちはレストランを出て、地区を散策しているとオルコットの姿を見つけた。

 オルコットもエマたちに気付き近寄って来た。


「情報は得られましたか?」


 エマの質問に対して、オルコットは渋い顔をしながらメモ帳を見つめる。


「そうだな……この地区で魔術を使える家系が二つあるのは分かった。ロセアン家とヘルゲソン家だ。家は隣同士でそれなりの交流があったらしいが、今は殆どないらしい」


 短時間でありながらも重要な情報を手にいれていたことにロロは驚きを露わにした。


「すこぶる重要な情報をあっさり見つけて来ますよね」

「あっさりじゃないって。あちこち駆けずり回った結果だ」


 オルコットが手に入れてくれた情報を頼りに、エマたちはロセアン家とヘルゲン家へと向かった。

 手分けして話を聞くことになり、エマはロセアン家、オルコットとロロはヘルゲン家を担当することに。


 ロセアン家の人たちはエマに一切の警戒心を抱かずに家に入れてくれた。顔が知られているのは面倒なことも多いが、こういう場面においては便利だ。

 事件のことを掻い摘んで説明して、


「その被害者たちと面識はありましたか?」


 エマの質問を聞いた瞬間にロセアンは顔を怒りに歪め、夫人は瞳に涙をにじませた。

 何かあったのは火を見るよりも明らかだ。

 口をつぐみ語ろうとしない二人にエマは落ち着いた口調で言う。


「ロセアンさんと被害者たちの間に何があったか分かりませんが、それは事件解決のために必要な情報かもしれないんです。教えていただけないでしょうか?」

「…………私たちにはカルラという娘がいました。しかし、カルラはそいつらに乱暴されて心を病んでしまいました。明るく活発な子でしたが、その一件以降は一歩も家から出ず……。ある日のことでした。何度呼んでも反応が無く、部屋に入ったらカルラは自ら命を絶っていました」


 ロセアンは拳を強く握りしめて血を吐き出すかのように吐露する。夫人は居ても立っても居られなく、その場から離れてしまう。


「話してくれてありがとうございます」

「エマ様はそいつらを殺した犯人を探しているんですよね」

「えぇ」

「探す必要あるんですか? あいつらに傷付けられた者は数多くいます。はっきり言って人間のクズです。死んで当然だ。そいつらを殺してくれた人は我々にとっては恩人だ」


 エマは言い返すようなことはしなかった。

 彼らの心の傷を理解した気になって言葉を紡ぐのは失礼だと判断したのだ。


「これでロセアンさんたちの溜飲が下がるとは思えませんが、被害者は一人残らずもがき苦しんで逝きました。──どうやら呪術のようです」

「──っ!」


 明らかな動揺。


「失礼を承知で聞きますが、ロセアンさんは呪術を扱う家系ですか?」

「わ、私を疑っているのか!?」

「動機は十分にありますが、話した感じ殺人を犯したとは思えません」


 加えて、呪術は行使した時の痕跡が色濃く残るのだが、この家からはそれらしいモノは感知できない。

 ロセアンは疑われて無いことを知ると大きく息を吐き、エマの問いに応える。


「確かにロセアン家は呪術を扱います。ですが、手順が複雑で多くの時間も使うので働いている身とては使う機会はありません」

「カルラさんの復讐に使おうとはしなかったんですか?」

「最初は使おうと思いました。しかし、養わなければいけない家族がいますから」

「すいません、失礼なことを聞きました」

「構いません」


 いくつかの質問をした後、許可を得て家の中を見させて貰った。

 念のため娘の部屋を確認したが、呪術を使用した痕跡は無かった。娘が生きていた頃の状態を保っており、それが妙に痛々しかった。


 ロセアン家を出たエマは後頭部をさすりながら大きな溜め息を吐いた。

 それと同時にオルコット、ロロの二人もヘルゲン家から出てきた。


「そっちはどうでした?」


 オルコットは首を横に振った。


「空振りだ。ヘルゲン家は降霊術だった。そっちは?」

「こっちは当たりでした」


 エマはロセアン家で知り得たことを共有する。

 聞き終えるとロロは眉間に深いシワを刻み、オルコットは難しい表情のまま固まっていた。


「エマさんの話を聞いた限りでは容疑者がいないではないか」

「動機は十分なんですけどねぇ。ヘルゲン家で何か気になったことはありますか?」

「あぁ、ロセアン家の娘、カルラと同い年の息子がいるらしいんだ。名前はマグヌス・ベルゲン。ただ、カルラが亡くなって少し経ってから少行方不明になっている」


 目の前に有力な容疑者がいるにも関わらず、肝心な呪術の痕跡が無ければどうすることも出来ない。

 捜査が暗礁に乗り上げてしまったことに、エマは後頭部をさすりながら困った声色で、


「むぅ、ではその息子を探してみることにしますか」

「それは俺に任せてくれ」

「では、お願いします。私は被害者たちが通っていたハイスクールに行きます。ロロちゃんはどうします?」

「私は軍学校に戻ろう。ノノ姉さんも気になるしな」



×××



 ハイスクールにやって来たエマは被害者たち、それにカルラ・ロセアンの当時の担任と会うことが出来た。

 応接室に案内されて、互いにソファーに腰を下ろす。

 

「──というわけで、彼らの生活態度やカルラ・ロセアンさんの件を教えて頂けたらと思います」


 担任は苦虫を潰したような顔をしながら太い腕を組んだ。


「正直、問題児だったなアイツらは。手がつけられない悪ガキだった。いつも四人でつるんで警察の世話になったのも数知れず……だから、軍に志願したと聞いた時は本当に驚いた」

「そうなんですね。カルラさんはどんな子でしたか?」

「優等生だったよ。事件が起こる前までは無遅刻無欠席、成績も優秀、クラスの人気者だった」


 そう言って、担任はクラスの集合写真をエマに見せてくれた。


「ここに写っているのがカルラだ」

「………………え?」


 エマの口から無意識に疑問が零れた。

 自分の目が信じられなかった。


 担任の男性が指差したカルラという少女は、つい数時間前にノノのファンだと言っていた女性だったのだ。


 瞬間、脳裏にこれまで得た情報の断片が次々と浮かんでは消えて、混ざり合い一つの画を作り上げていく。


 ──まさか……っ。


 辿り着いた答えにエマは動揺する。

 意外だったからではない。その答えが事実だったら、ノノが危険に晒されている。


 エマは急用が出来たと担任の男性に謝罪をして、ハイスクールを後にした。

 心臓の鼓動が早い。身体も若干震えていた。

 ここまで動揺したの、最後はいつだったか。下手したら『死神』になってから初めてのことだったかもしれない。





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