case7.怨念の羽衣

case7-1 『シャルトリュー』



 シャルトリューは帝国の最北端に位置する軍事都市だ。

 周りは巨大な壁で囲まれており、街全体は強固な造りをしている。降り積もる雪も相まって堅牢で拒絶的な印象を与える。

 要塞とも思える街の大地をエマとノノ、オルコット──コルニクスのメンバーは踏みしめていた。

 デボンレックスに続いての北部ということで彼女たちの服装はまたしても防寒仕様だ。

 オルコットは若干の緊張を表情に浮かべて、シャルトリューを見渡す。


「そんな固くなってどうしたんですか?」

「軍からの依頼なんだぞ。固くなるなって方が無理だ」


 今回の依頼者は帝国軍だ。

 普段の依頼とは異なる緊張感がある。──とはいえ、緊張感を母胎に置いて来たエマには共感できないだろうが。

 気持ちを共感してくれそうなのはノノなのだが……。


「なぁ、エマ」

「何ですか?」

「どうしてノノちゃんはあんなにウキウキしているんだ?」


 エマとオルコットの少し前を行くノノ。

 苦手な寒さを気にも留めず、後ろ姿からでも分かるほどに心が踊っており、足取りは空に飛んでいきそうなくらいに軽やかだ。


「理由はすぐに分かりますよ」



×××



 エマたちは駐屯地に来ていた。

 一般の者は入ることを禁止され、関係者も身分証の提示が必要な場所だ。

 だが、エマとノノは第三皇女直轄の特殊部隊という肩書きのおかげで顔パスで入ることが出来た。しかし、新参者のオルコットは認知されていなかったので足止めをくらった。

 凹むオルコットを見て、エマはケラケラ笑っていた。


 そんな一幕を終えてから、頑強な風貌の建物の中に入り作戦司令室へと向かう。

 作戦司令室には大きな円卓のテーブルと椅子が複数置いてある。壁には大きな地図が貼られており、地理情報が詳細に記されていた。


 室内に先客が居て、エマたちの入室に気づき椅子から立ち上がった。

 ノノは嬉しさを全身で表現するかのように、立ち上がった人物に駆け寄り抱きついた。


「久しぶりロロ! また身長伸びた?」

「いや、前と変わらずだ。ノノ姉さんも元気そうでなによりだ」


 長く伸びた白縹しろはなだ色の髪を結わえた、狼のように鋭い眼とふっくらとした官能的な唇が特徴的な麗人だ。

 淫魔特有の色香を圧し潰す程の、そこに存在するだけで全体の士気を過剰なまでに上げそうな凛とした佇まいは輝く刃の如く。

 豊満な肢体は軍服によって彩られ、羽織っている軍用のコートが威厳に補正を掛ける。


 ノノと麗人の美しい再会を呆然と眺めていたオルコットは数秒の間を置いて口を開く。


「今、ノノ姉さんって……え? 逆じゃ……」

「いえ、彼女は正真正銘ノノちゃんの妹です」

「嘘だろ」

「それについては同意します。毎回思うんですけど、姉と妹が逆ですよね」


 ノノが百五十センチ後半に対して、ロロは百七十センチ以上あり、見た目もノノが十代後半、ロロが二十代後半。

 明らかにロロの方が姉に見えるのだが、


「もう、エマ様ったら、ロロは私たちの可愛い末っ子ですよ」


 彼女が淫魔五姉妹の末っ子と来るから驚きだ。


 因みにエマは次女には会ったことがあるが、やはり似たような感想を抱いた。

 次女はノノよりも幼い容姿をしていた。

 姉妹なので当然似ていて、絶句するほど可愛かったが、それ以上に印象に残っているのは想像を絶する性格の悪さだ。

 素直に次女とは関わりたくない、とエマは思った。


 姉との再会を喜びを堪能した後、末っ子の顔を引っ込め、軍人の顔に戻ったロロはオルコットに視線を向ける。


「帝国軍特殊部隊ラタトスク所属、ロロ・オリアン・クヴェスト少佐だ」

「しょ、少佐……。あ、えっと、第三皇女直轄特殊部隊コルニクス所属、ロン・オルコットであります!」


 敬礼をするオルコット。警官時代に散々した行動は身体に染みついている。

 彼に敬意を表してロロも敬礼をする。

 それから互いに握手を交わしたのを確認したエマは本題へと移行する。


「それで、帝国筆頭戦力のロロちゃんが出てくるということは……相当面白いことになっているようですね」

「いや、私は単なる案内役だ。だが、エマさん好みの事件だろう」

「それは楽しみですね。しかも、美女の案内付きなんて至れり尽くせりです」

「とりあえず座ってくれ。事件の概要を説明する」


 エマの軽口にロロは笑みを浮かべる。

 エマとノノ、オルコットが椅子に座り、ロロはテーブルを挟んで三人の前に立つ。

 その立ち姿は優秀な指揮官そのもので、エマたちの気も自然と引き締まる。


「事件が発生したのは昨夜、現場は軍の訓練校だ。被害者は四人の訓練兵──ヴァーツラフ・パセカ、メース・フォス、ヴェイヨ・ヒーデンマー、マックス・プリーストリー。発見されたのは早朝、発見者は同じ寮の訓練兵たちだ」

「訓練兵ですか」

「問題はここからだ。死亡した四人は奇妙なことに死亡時刻が完全に一致している。加えて、誰一人として目立った外傷が無く、解剖の結果、毒物の線も無いとのことだ」


 話を聞いたオルコットは眉を顰めた。理由は言わずもがな死亡時刻についてだ。


「死亡時刻が完全に一致している? 被害者たちの部屋は同じだったんですか?」

「別々の場所だ」

「それならなおさら信じられない。別々の部屋にいる人間を同時に殺害するなんて」


 驚愕しているオルコットとは対照的にノノは冷静にロロの話を分析していた。

 エマの印象が強烈なため影に隠れている──加えて本人もエマの活躍が見たいから無意識に控えめにしている節がある──が、ノノの能力は凄まじく高い。

 少ししてあることが気になったノノはロロに視線を向ける。


「外傷は何も無かったの?」

「それらしい傷は何も。気になることでもあったのか?」

「うん。少なくとも普通の殺人事件じゃないのは確か。直接遺体を見ればはっきり分かると思う」

「分かった。検視局に話は通しておく」

「俺も検視局に行かせてくれ。魔術絡みの遺体に慣れておきたい」


 オルコットが立候補したことにエマは多少の驚きを見せた。

 なんとまあ仕事熱心な人だ。その溢れ出る熱を少しでもいいから分けて貰いたい、とエマは内心で称賛する。


「なら、ノノちゃん、オルコットさんは検視局、私とロロちゃんは事件現場に行きましょう」



×××



 馬車の中で向かい合わせで座るエマとロロ。

 エマは小窓の外から景色を眺めている振りをしながら、ロロを横目で盗み見していた。

 だが、盗み見はあっさりバレてしまう。


「私の顔に何かついているか?」

「いえ、綺麗な顔をしているなと」


 ノノが可愛いなら、ロロは美しい。

 美貌もそうだが凛とした佇まいが彼女の美しさに磨きをかけている。それ故に女性人気が高いとのこと。


「まだ顔だけは傷を負ってないからな。幸運に感謝している」

「そういう意味では……まぁ、そういうことにしておきましょう」


 すると、ロロが咳払いをして話題を切り替えた。


「エマさんは今回のような不可解な事件を数々解いてきたと聞く」

「不可解というより魔術絡みですね」

「そう、魔術だ。恥ずかしい話だが、私は魔族にも関わらず魔術への造詣が殆ど無い。だから、後学のためにエマさんがどのようにして事件を解いたか教えて欲しい」


 頭を下げるロロに対して、エマはニヤニヤと口元を緩めながら、


「後学のため、ですか。本当にそれだけですか?」


 ロロの頬がほんの僅かに赤らんでいるのが分かった。

 もちろん、後学のためというのは本心だろう。だが、ロロはそれよりも聞きたいことがある。──ノノの活躍だ。

 エマと会うと必ずノノのことを聞いてくるのだ。その時はやはり妹の顔をしている。


 本当に仲の良い姉妹だ、とエマは少しだけ羨ましく思う。

 エマとマナの姉妹──というより姉の方が妹に対して奇妙な理論を持ち合わせているから──は仲が良いというよりは歪んでいる。


「……むぅ、毎回のことだ。そこに触れずに進んでくれ」

「それはちょっと出来ない相談ですね」

「相手の弱点を突くのが戦術の基本。身をもって体験すると……なるほど効果的な手というのがよく分かる。いい勉強になった」


 妙な納得をするロロに苦笑しつつ、エマはこれまでに解決した中で特にノノが活躍した事件について話し始めた。



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