case6-2 『裁きの炎』



 検視局にやって来たエマは、担当検死官と挨拶を交わしてから件の遺体を拝見する。

 台に乗せられた遺体はどれもが炭化しており、ぱっと見では個人を判断することは難しい。

 とはいえ、個人の判別などエマにはどうでもいいことだ。控えめにいって身内以外の個人など興味がない。

 知りたいのは死因、それのみだ。


「死因は見ての通り焼死。正確には一酸化炭素中毒による窒息死だね」

「ですよねぇ。 こんがり焼けてしまって、ベリーウェルダンですか」

「俺はミディアムがいいね」

「私はローが好みですね」

「それ生じゃん」

「欲しいツッコミありがとうございます」


 遺体を前に談笑するエマと検死官。

 この場にオルコットがいたら、きっと顔を歪めていただろう。


「ところでこれらの遺体に変わったところはありましたか?」


 エマの質問に検死官はカルテを眺めながら、「そうだな……」と呟き、


「なぜか表面よりも内側──内臓の方が炭化が進んでいるんだ。司法解剖してみたが内臓は原型が完全に無くなっていたよ」

「内臓が……なるほど」

「まるで、身体の内側から燃えたようだ。この人たちは炎でも飲まされたんかな」

「それ面白いですね」


 検死官の冗談にからころと笑ったエマは、顎に手を置いて考えを巡らせた後に小さく呟く。


「先の言葉を撤回しないといけないようですね」



×××



 新たな事件が発生したと通報が入り、エマは現場へと向かった。

 到着するとサロライネン、オルコット、ノノがすでに集まっていた。現場は検視局から大分離れていたので当然といえば当然かもしれない。


「すいません、遅くなりました。状況は?」


 サロライネンは頭をさすりながら、エマたちを黄色いテープの奥へ案内する。

 現場は廃屋で、そこには焼死体が一つ。燃焼促進剤も無造作に置いてあり、被害者が暴れ回った痕跡も残っている。

 つい数時間前に見た犯行現場と非常に酷似していた。


「ご覧の通り同一犯の仕業だ。ここを溜まり場にしていた学生が、たまたま死体を見つけて通報したようだ。死体の状況を見て、殺されたのは二、三日前らしい」

「ということは、こっちの人が本当の五人目ということですか。ところで、何か情報は得られましたか?」


 エマは焼死体を横目でチラチラと見ながら、ノノとオルコットに質問する。


「はい、エマ様。これまでの犯行は深夜帯に集中しています。発火に使っているであろう代物は現場には残っていないので、犯人が持ち帰っている可能性があります。使われている燃焼促進剤はどこにでも売っている市販品とのことです」

「なるほど」

「それと、被害者には共通点がありました。全員が服役経験有りとのことです」

「つまり、犯人は犯罪者を狙っている、と」


 続いて被害者遺族に話を聞きに行っていたオルコットが情報を共有する。


「嫌な話だが、遺族は被害者が殺されたことをさして悲しんではいなかった。喜んでいる遺族もいた……。それぞれがかなり素行が悪かったようだ。暴行、ドラッグ、強盗──なんでもござれ。警察の世話になるのは日常茶飯事、刑務所に入ったり出たりを繰り返していたみたいだな。因みに被害者は全員が同じ刑務所に収容されていたとのことだ」

「同じ刑務所……それは大きな手がかりですね!」

「相変わらずの情報収集能力ですね」


 オルコットの能力に関心するエマ。オルコットが正式に部隊に加入してくれれば、たまに依頼される諜報活動が効率良く出来る。

 というか、オルコットに諜報活動任務を任せられる、と思うとエマは頬が緩んでしまう。


「エマの方は何か分かったか?」

「えぇ、大変興味深いことが。遺体は全て表面よりも内側の方が炭化していると」

「んん? それおかしくないか?」

「普通、内臓の方が損傷が少ないのでは……」


 ノノとオルコットは首を傾げる。

 当然の疑問だろう。

 その奇妙な現象に対して、エマはある可能性を示唆する。


「ということは、被害者は内側から燃え始めたのではないでしょうか?」

「内側からなんて、そんなことが……あっ!」

「前の現場で言ったことを訂正します。これは普通の連続殺人事件ではありません。──魔術絡みの事件です」


 魔術との関わりが少ないサロライネンや他の刑事たちは首を傾げるばかりだ。

 オルコットはこれまで得た情報を頼りに犯人像を作り上げていく。


「二十代から三十代の男性、犯行時間が深夜に集中していることから、昼の職に就いている可能性が高い。秩序型で狙いは犯罪者……悪人のみ。火を使った犯行に固執している点を見て、何らかの妄想に囚われている可能性があるな」

「炎による罪の浄化ってところですかね」

「そうなると犯人は正義感が強い人かもしれません。きっと職業も正義に関係している──例えば弁護士、裁判官、消防士、刑務官……それと、警察などが」


 ノノが申し訳なさそうに呟くと、周りの警察たちの緊張感が一気に高まった。

 警察内に犯人が居たら大問題に発展する。市民からの信用を失い、抑止力としての力を失い、最悪の場合犯罪が増加してしまう。

 元警察官のオルコットも事の重大さを理解して青ざめる。


 そんな、刑事たちの焦燥感を和らげる……つもりかどうかは分からないが、エマがあっけらかんと言う。


「被害者の共通点から推察すると、可能性が一番高いのは刑務官でしょう。警察のみなさんは被害者が収容されていた刑務所に勤務する刑務官を調べて下さい」


 刑事たちはエマの一声で一斉に行動を開始する。

 エマはノノとオルコットに視線を向ける。


「私たちは刑務所に行きましょう。案外、犯人がボロを出すかもしれませんし」



×××



 刑務所というのは酷く窮屈で息をするのすら億劫になる。空間内にいるのは犯罪に手を染めた悪人たちが大多数を占めるからか、怒りや憎悪、悪意などが空気に溶けて混ざっているかのようだ。

 警察よりひと足早く刑務所にやって来たエマたちは、刑務官の案内で所長室に向かっていた。


「しっかし、この部隊はフットワークが軽いな」


 オルコットが感心したようにエマとノノに言った。

 警察にいた頃は上司の許可、令状発行、他のチームとの連携──様々なしがらみに囚われながら動いていた。

 しかし、コルニクス(仮称)にはそのような煩わしさは一切無い。


「他組織とは完全に独立していますからね。自由に行動出来るのが私たちの強みです」

「まぁ、オリヴィアの権力のお陰ですけどね」


 オリヴィアの名を聞いて、オルコットの表情に陰りが見えた。

 その様子を見ていたエマは彼の横腹を突き、柔らかく微笑んだ。


「大丈夫ですよ」

「ああ、ありがとう」


 所長室に入ると、肥えた身体をスーツで縛る中年の男性がエマたちをオーバーリアクションで出迎えた。


「お待ちしておりました! 我が帝国の誇り、宝でおられるエマ・ムエルテ殿! 我が帝国の美の象徴でおられるノノ・オリアン・クヴェスト殿! この瞳に貴女方を直に写せるとは! 我が生涯最高の誉れであります!」

「あーはいはい、ありがとうございます。それよりも、これから彼が言う条件に当てはまる刑務官を集めて下さい」


 歯の浮くような賛美をおざなりな感謝で流して、エマはこちらの要求を伝える。

 話を振られたオルコットは手帳を開き、条件──被害者たちが服役していた時期に勤務しており、昼勤務の二十代から三十代の刑務官──を提示した。


 所長はまるで忠実な犬のように、すぐさま条件に合致する刑務官を呼び出した。

 集まったのは五人。誰もがなぜ呼び出されたのか分からないと言った様子だ。

 エマは綺麗に起立した五人の前をゆっくり歩きながら表情を伺い、ひと通り見終わると彼らの前に立ち口を開く。


「余計な前置きは面倒なので早速本題に行きますね。私たちはとある殺人事件の捜査に関わっています。被害者は不思議なことに殆どがこの刑務所に服役経験がありました」

「まさか、この中に犯人がいるということですか!?」


 所長のデカい声にエマは耳を押さえながら「断定は出来ません」と付け加える。

 その最中、オルコットはエマの話に小さな違和感を感じた。


「被害者が殆どがここに居たという事実は無視できません。なので、話を聞きに来たんです」

「すいません、発言よろしいですか?」


 刑務官の一人が手を挙げて、発言の許可を求める。


「どうぞ」

「ここに服役していたということは、被害者は世に言う悪人です。正直、殺されても仕方ないと思います。仮に我々の中に犯人がいるとしたら、私はその犯人を支持します」


 刑務官の一人の意見にオルコットは眉間にシワを寄せて吠える。


「何言ってんだアンタ! 殺されても仕方ない人間なんているわけないだろ! 被害者は法の裁きを受けて、社会に戻って来たんだ。正当な裁きは受けている」

「裁きを受けても更生できない者は存在します。犯人はそんな者に正義の裁きを下したのではないでしょうか?」

「そんなものは裁きじゃない。ただの私的な殺人だ」


 白熱し舌戦を繰り広げるオルコットと刑務官。

 この思考、悪人に対する嫌悪感と単語の端々から、犯人像に合致する部分がいくつもある。

 コイツが犯人なのではないか、と疑うオルコットを諌めつつ、エマが意見を述べる。


「正義の裁き、いいじゃないですか。悪しき者を裁く正義の存在は市民からすれば英雄です」

「エマッ!!」

「しかし、犯人はあろうことか何の罪も無い人まで手にかけました。それは到底許される行為ではありません」


 オルコットは少なからず驚き、それから数秒経ってエマが嘘を吐いていると理解する。人間誰でも嘘を吐く時は多少の緊張や特徴的な反応を示すのだが、エマにはそれが一切無かった。息をするように嘘をつくとはこういうことを言うのだろうか。


 その嘘は劇的な効果を発揮した。

 それまで沈黙を貫いていた刑務官の一人が声を張り上げた。


「そんな筈はない! 俺の炎は罪人のみを裁くのだ!」

「コ、コーディー君……」


 激昂する刑務官──コーディーを愕然とした表情で見つめる所長。彼だけではなく、その場に集められた刑務官たちも同様だった。

 否定のしようがないほどの過剰な反応。

 間違いなく彼が犯人だ。


 一方のエマはケラケラと嗤い、馬鹿にしたような口調でコーディーに話しかける。


「それなら、真っ先に裁かれるのは貴方では?」

「──っ! なんたる侮辱! エマ・ムエルテ、『死神』の冠し多くの命を刈り取ってきたお前も罪人だ!」


 唾を飛ばしながら詠唱を始めるコーディー。

 すると、エマは身体の内側に違和感を覚える。違和感は徐々に大きくなっていき、やがて明確な熱さとなって襲い掛かる。

 エマの内側から一気に炎が噴き出し、全身に喰らいつく。

 ノノの悲鳴が部屋中に木霊する。


 それを皮切りにコーディーは刑務官たちを押しのけて、部屋の外へと逃げ出した。


「待て!!」


 オルコットは逃げるコーディーのみを視界に捉え、腰に差した拳銃を構え走り出す。

 刑務所の中を全力疾走する二人。

 動きを止めようとオルコットは発砲するが、走りながらなので威嚇程度の効果しかない。

 

 中庭に出たところでコーディーが足を止めて後ろを振り向く。

 銃を構えるオルコット。その標準はコーディーの脚部に定められていた。


「鬼ごっこは終わりか?」

「考えてみれば、なぜ俺が逃げる必要がある? 俺は正義を執行したまでだ」

「一つ聞きたい。アンタはそこまでして正義を貫くんだ?」


 自分の手を汚してまで断罪を敢行するコーディーは常軌を逸脱している。

 妄想と言ってしまえばそれまでだが、オルコットはどうしても聞いてみたかったのだ。

 彼の原点を。


「俺は幼い頃に火事にあった。家が全焼する程のものだ。今でも目に焼き付いている……視界いっぱいに広がる火の海、火に包まれて消えていく両親の姿。奇跡的に生き残った俺に喜びや安堵は無かった。ただ、『どうして俺だけが』という感情だけがあった」


「…………」


「俺はその感情を抱えたままずっと生きてきた。だが、俺はあの方に出会い、俺が生かされた意味を遂に知ることが出来たんだ!」


「罪人の断裁……それが、アンタの存在意義か」


「そうだ! 理解した瞬間に俺は断罪の炎を手に入れたんだ!」


「それは、ただの魔術だ。アンタは狂った正義感に酔っているだけだ」


 その瞬間にコーディーは激怒し、オルコットに向けて魔術を放つ。

 身体の奥から熱が溢れ出してくる。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「俺の邪魔をするお前も罪人だ!! 燃えろ燃えろ燃えろ燃えろぉぉぉぉぉ────!!!!」


 絶叫を奏でる口から炎が勢いよく噴き出す。

 皮膚の隙間から炎が舞い上がり、オルコットの全身を包み込む。

 苦しみ、暴れ回りながら芝生の上に倒れ込む。


 その姿を眺め、コーディーは行き過ぎた正義感に染まった顔を歪める。


「悪はこの世から消える定めなんだ」


 発狂したかのように笑うコーディーの肩に凄まじい衝撃が走り、遅れて悶絶をせざるを得ない痛みが駆け抜ける。

 

「ぐおおぉぉぉ!? な、なぜだ!? 何なんだお前!!!」


 断罪者を騙る男は脂汗を滲ませながら、燃えていたはずのオルコットを睨みつける。

 彼を包んでいた炎は跡形もなく消失しており、彼の構える銃の銃口からは煙が立ち上っていた。


「どうやら俺は罪人じゃ無かったみたいだな」


 そう呟き、オルコットは立て続けに二回発砲した。




 救急車に搬入されるコーディーを見て、オルコットはひと段落ついたことを理解して息を吐いた。


「お手柄ですね。オルコットさん」

「お疲れ様です」


 オルコットに近寄る美少女二人。

 確か、一人は火だるまになっていたはずなのだが……。


「なんでそんなにピンピンしているんだ? なんともなくて良かったけど」

「あの程度の魔術なら、私の魔力で中和するのは造作もないです」

「もしかして、急に炎が急に消えたのも」

「事前にオルコットさんに魔力を渡しておきましたので。少しは役に立ったようで良かったです」

「というより、命を救われたよ」


 礼を述べるオルコットに、エマは「気にしないでください」と笑みを浮かべる。

 

「さぁ、事件は解決しましたし、帰りましょうか」

「俺は果たしてどうなるやら……」

「オルコットさん、凄い活躍していましたから、きっとオリヴィア様の認めてくれますよ!」

「だと良いんだけどな」



×××



 帝城、謁見の間。

 オリヴィアは報告書をひと通り読み終えると、頬杖をついてオルコットを睨みつける。


「ふんっ」


 つまらなさそうに豪奢な椅子から立ち上がり、オルコットの前に立つ。

 鋭い眼差しで頭の先から爪先までを射抜いてから、


「せいぜい励め凡骨」


 それだけ言うと優雅に謁見の間から出て行ってしまう。

 暫し無言の時間が経ってから、オルコットは加入が認められたことを理解して思わずガッツポーズを取った。


 その様子を近くで見ていたエマとノノは称賛の拍手を送った。


「おめでとうございます、オルコットさん! 改めてこれからよろしくお願いしますね!」

「よろしくお願いします。まぁ、緩くやりましょう」


 オリヴィアに認められたこと、既存メンバーに快く迎え入れられたことに感極まり、涙が出そうになるのを必死に堪えてオルコットは身体に染み付いた敬礼をする


「これからよろしくお願いします!」



×××



 ー帝国軍第三皇女直轄特殊部隊コルニクスー

 

 《所属士官》

 ・エマ・ムエルテ

 ・ノノ・オリアン・クヴェスト


 《新加入》

 ・ロン・オルコット




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