case5.砕かれた美貌
case5-1 『布袋の少女』
「やっと元に戻ったと思った途端に協力要請が来るなんて。嫌がらせなんですか?」
ロア・ラーゲンフェルトによって殺害されたエマは幼女の姿で復活。
幼女の姿で生活すること数十日。
今日、ようやく元の姿に戻ることが出来たのだ。
とはいえ、身長以外さして変化が無いことにエマはほんの少しだけ悲しみを感じた。
普段は幼児体型だからといって何も感じないが、成長前と成長後の変化が乏しいのをハッキリと見せられると思うところはある。
そんな悲しみにくれるエマをいつも励ますのはノノだ。
『ちゃんと大きくなってますよ!』『可愛いと思います!』『黄金比ってエマ様のためにある概念だと思います!』『尊いです、エマ様ぁ~』『あんまり大きいとそれは悩みになりますよ』『よっ、至高の肢体!』『そんなに誘惑して私をどうする気ですか!?』『この淫魔たらし!』
妖艶な起伏がある身体をしているノノに言われても皮肉にしか聞こえない。本人は本気で言っているのだろうが。悪意がないからこそ余計に来るものがあるってものだ。
ついでに彼女はなぜかビフォーアフターのスリーサイズを完璧に把握している。
それはともかく、エマとノノは以前も事件の舞台となったラグドールの地に踏み入れた。
×××
「久しぶりだな、エマ、ノノさん」
警察署内に通された二人を快く出迎えたのは、『ホムンクルス事件』を共に捜査した青年、ロン・オルコットだ。
「お久しぶりです、オルコットさん」
丁寧にカーテシーをするノノ。その洗練された動きに、オルコットを始め署内の警察官全員が目を奪われる。
ノノに見惚れているオルコットをエマは面白くなさそうに見つめた。
「協力要請したのは貴方ですか? なんて面倒くさいことを」
惚けていた表情をいたずら混じりの笑顔に変えたオルコット。
「また一緒に捜査したいって言ったのはそっちだろ?」
「そんなこと言った覚えがありませんね。まぁ、いいです。今回はどんな事件なんですか?」
「概要を話す前に会わせたい人がいるんだ。ついてきてくれ」
オルコットに案内されて、エマとノノは会議室に向かった。
全面ガラス張りで四方八方から見られているような気がして、若干落ち着かない。
そこには四十代くらいの男女と十代後半くらいの少女が椅子に座っていた。
奇妙なことに少女の方は布袋のような物を頭から被り、顔の一切が見えないようになっている。
「オーシンハ一家だ。オーシンハさん、こちらは我々の協力者のエマとノノさんです」
夫婦が揃って立ち上がり、エマとノノに深々と頭を下げた。
エマは軽く会釈し、ノノはカーテシーをする。
お互いに挨拶が済んだところでエマは疑問を投げかけた。
「失礼ですが、お嬢さんはどうして布を被っているんですか?」
大方、事件絡みなのは想像がつくが、もしかしたら少女の趣味嗜好の可能性もある。
すると、少女が俯き嗚咽を漏らし始めた。
ここでオルコットは持っていたファイルをエマとノノに渡して概要を話し始めた。
「彼女はパウリーン、最初の被害者だ。事件発生は一週間前の夜。パウリーンは学校が終わり、友達とカフェに寄った。それからしばらくしてカフェから出て、友達と別れたパウリーンは一人で帰り道を歩いていた。すると、何者かに突然襲われ……」
オルコットは一旦呼吸を整えてから、続きを述べることにした。これから先のことは正直言って荒唐無稽、おとぎ話のような内容なのだ。
「その、顔をめちゃくちゃにされたんだ」
「殴られたってことですか? それとも刃物で切られたとか? はたまた薬物?」
「いや、そうじゃなくてな。顔を変えられたんだ」
オルコットの発言にエマは眉間にシワを寄せた。
「顔を変えられたってどういう……」
「実際に見てもらった方が早いだろう。パウリーン、辛いのは分かるけど顔を見せてくれないか?」
「……はい」
エマとノノは、パウリーンの真っ正面に移動する。
ファイルに添付されている写真に写るパウリーンはかなりの美人だ。学校でもかなりの人気があったと予想出来る。
パウリーンは全身を震わせながら、ゆっくり、ゆっくりと布袋を上げて顔を露見させた。
「──え?」
思わずノノが驚きと疑問の声を零す。
それはエマも同じだ。
目視した顔は写真とは全く異なっていた。同じところを探そうとしても無理だ。
彼女の顔は美しさを完全に喪失、醜く変貌していた。
なるほど、布袋を被っている理由も合点がいった。彼女は今の顔を晒すより布袋被っている方がよっぽどマシなのだろう。
パウリーンを襲った悲劇は明らかに物理的な仕業ではない。
「私たちを呼んだ理由を理解しました。これは魔術絡みですね」
×××
エマたちはパウリーンが通っている学校へ来ていた。
事情聴取の場として借りた相談室にて、オルコットが事件について語る。
「被害者は今のところパウリーンを含めて五人。カフェの店員、女性二十代。書店員、男性三十代。娼婦、女性十代後半。宝石店店長、男性四十代」
「性別、年齢は関係ないみたいですね。五人に共通点はありましたか?」
ノノの問いにオルコットは手帳を眺めながら首を横に振る。
「これといったのは無いな。ラグドール在住ってことくらいだ」
手帳にはこれでもかとメモがしてあり、オルコットの情報収集能力の高さが伺えた。
それでも共通点が見つからないということは、被害者は無差別に選択されたと考えるが──、
「共通点ならあるじゃないですか」
「は? どこに?」
被害者の変貌前の顔が写る写真を見ながら、エマが淡々と言う。
「全員、顔が綺麗です。美男美女と言われる類いかと」
「そりゃあ、そうだけど……まさか犯人は顔が良い奴を狙っているってことか?」
「可能性はあるんじゃないかと。美男美女に激しい怒りを抱いているから、顔を変えて屈辱を与えているのかもしれません」
動機は当たっているかは不明だが、今回の事件は美貌が絡んでいるのは間違いないだろう。
すると、オルコットは後悔で顔が歪んだ。
「だったら二人を呼ぶのは間違いだったか。二人とも犯人の標的にされるかもしれない……」
「その時は全力でノノちゃんを守ります」
「その時は全力でエマ様を守ります」
二人は一瞬の思考もなく揃って同じことを言う。
相変わらず二人の絆は強いな、とオルコットは心の中で呟いた。
しばらくするとノックが聞こえ、相談室にパウリーンのクラスメイトが数人入ってきた。
クラスメイトが席につくと同時にオルコットが事件の概要を説明して、
「パウリーンについて教えてくれないか?」
すると、クラスメイトがクスクスと笑い出した。クラスメイトが悲劇に見舞われたというのに、この反応はどういうことなのか。
考えるよりも前に答えが返ってきた。
「アイツ、顔酷いことになってんでしょ? 人前に出れないくらい」
「ざまぁみろって話よ」
「ホントだよねー。犯人に感謝したいくらい」
まるで笑い話のように喋るクラスメイトをオルコットは睨みつけ、低い声を発する。
「随分と辛辣だな。クラスメイトだろ?」
「そんなの関係ないわ。アイツちょっと顔が良いからって調子に乗って」
「男子には色目使ってね。いつもいつも違う男子を連れていたわ。男はバカだからホイホイ騙されて……遊ばれているって分からないのよね」
「ホントだよねー」
被害者を罵倒するクラスメイトの言葉を怒りを交えながらメモにとるオルコット。
先程から黙っていたエマは何度も頷いてから失笑する。
「下らない嫉妬ですね。反吐が出る」
クラスメイトたちの怒りの視線がエマに集まるが、当の本人は涼しげな表情で立ち上がり扉へと向かった。
「つまんない話を聞く趣味は無いのでここは任せます。ノノちゃん、オルコットさんのサポート頼みますね」
「かしこまりました。お気をつけてエマ様」
相談室から出たエマは伸びをする。
微かに女子たちの怒りの声が聞こえるがどうでもいい。単なる雑音でしかない。
事情聴取は無駄足に終わるのは目に見えていた。ノノを残したのは、事情聴取にかかる手間を少しでも省くためだ。
ノノの魅了──敵意などの悪感情を奪い、純粋な好意を抱かせることに秀でている──なら誰であろうとすぐに口を開くだろう。
で、大してやることのないエマは別行動をすることに。
「フーダニットはあちらに任せて、私はハウダニットといきましょうか」
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