case4-2 『消えた死体』



 マナの足が止まった。

 視線の先には門があり、その奥にある家は、歩きながら見ていた他の家よりは大きくて品があった。

 すると、タイミングを見計らったように門がゆっくりと開き、マナとエマを招き入れる。

 玄関に立ち、扉に付けられた金具を使って何度かノックした。

 少し経って、一人の少女がマナとエマを出迎えた。


「お久しぶりですわ、マナさん」

「久しぶりね、ニンファ」


 ニンファ・ブルネッリ。

 縦に巻かれた髪、やけに濃い化粧は少女の見た目をグッと大人に引き上げている。かなり露出の激しい服装で、胸元には高価そうなペンダントが輝いていた。

 この派手な少女こそが、マナの依頼主だ。

 ニンファが手を伸ばす。


「まさか本当に来てくださったなんて。なんとお礼を述べたら」


 優しさと憂いの表情でマナは伸ばされた手を取る。


「エッラの妹からの頼みだもの。無下にするなんて出来るわけないわ」

「ありがとうございます。こちらの方は……もしかして」

「そうよ、私の・・愚妹のエマ」


 ニンファの視線がエマに注がれた。

 私の、という部分がやけに強調されるのを感じつつエマはぺこりと一礼する。


「初めまして」

「この方が『死神』の名を冠する……。お噂はかねがね聞いています。会えて光栄ですわ。あの、よろしければ握手して頂けないでしょうか?」


 第三皇女のお気に入り、加えて功績の多さでエマの名は帝国全土に知れ渡っている。良くも悪くも有名人ということだ。ファンもいるのだが、意外なことにその大半が女性だ。

 ニンファもその内の一人だったようだ。

 因みにノノは男女問わずファンが多い。大規模なファンクラブがあるとか無いとか。


「いいですよ」


 エマは快く受け入れ握手をする。

 その様子を見ていたマナは、あんまり面白くなさそうに眉をひそめていた。



×××



 応接室に招かれ、お互いの緊張を談笑でほぐしたところで、マナは本題への火口を切った。


「さて、私は状況を把握してるけど、この愚妹は何も知らないの。内容整理も含めて、依頼内容をもう一度聞かせてもらえない?」

「はい。マナさんとエマさんへの依頼は、エッラの捜索ですわ」

「行方不明ということですか?」


 エマの質問に、ニンファは目を伏せて首を横に振る。

 その仕草に違和感を感じて、マナに視線を向けると彼女は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「少しは世間のことに関心持ったら? ブルネッリ商会を急成長させたエッラ・ブルネッリの訃報なんて、巷では有名な話よ」

「そうだったんですか」

「えぇ。葬儀は滞りなく行われ、エッラの死体は墓に埋葬されました。しかし、つい最近墓の様子を見に行ったら、墓が掘り起こされていて。棺桶の中にあったエッラの死体は消えていましたの。ですので依頼を正確に述べるなら、エッラの死体を見つけて欲しいのですわ」


 形のいい眉を顰めながら、エマは言う。


「死体を、ですか」

「滅茶苦茶な依頼だということは分かっていますわ。ですが、どうかよろしくお願いしますわ。エッラの死体を見つけてください」


 ニンファが深々と頭を下げた。

 あまり表情を出さないようにしていたが、エマは乗り気ではなかった。こういう死体が絡んでくる事柄には、エマの大嫌いな者が関わってくる可能性が非常に高い。


 普段だったら断る依頼。

 だが、今回のエマはあくまでも助手だ。

 依頼を引き受けるかどうかは、マナ次第である。


「任せなさい。エッラは必ず見つけてあげるわ」


 笑みを浮かべて、依頼を快く引き受けたマナ。

 エマは大きな溜め息を吐きたくなった。



×××



「あんなに良い子はそうそういないよ」


「商売人としても一流だった。この損失は大きな痛手だと思うな」


「いつも笑顔で、会うたびに優しく声をかけてくれたの。とっても嬉しかったわ。……うぅ、ごめんなさい」


「彼女はこの薄暗いメインクーンを照らす光だった。本当に残念だ」


「なんて罰当たりなんだ。死体を盗むなど言語道断だ」


「死体を盗むなんて、とても信じられないわ」


「早く犯人を見つけてください! エッラさんが可哀想だ」



 聞き込みをしながら街を視察するマナ。その後ろをエマがちょこちょこと付いてきていた。

 マナが持つ手帳──住人の証言が几帳面にメモされている──を覗き込んでエマは鼻を鳴らす。


「人当たりの良い性格、非凡な才能、誰もが認める美貌……非の打ち所のないという他ありませんね。本当に実在していたんですかね? こんな絵に描いたような才色兼備」


「何言ってるの、エッラと同等それ以上の才色兼備が目の前にいるじゃない」


「あぁ……はい、そうですね。ともかくエッラさんの人徳の高さ、今回ばかりは仇になりそうですね」


「どうしてそう思うの?」


 マナの問いに、エマは小さな指を三本立てながら答える。


「死体が消える可能性は大まかに三つ。一つは土に還る──埋葬してからの日が浅いのでこれはまず除外して良いと思います。一つは死体が独りでに動き出す──ノーライフキングなどの前例があるので完全に否定は出来ませんが可能性は限りなく低いです。一つは何者かが掘り出して盗んだ──これが一番可能性が高いでしょう」


「妥当ね。情報から鑑みるに、エッラの死体を盗むとしたら憎しみではなく愛情……つまり容疑者はエッラを慕っていた住人全員。エマはそう言いたいのね?」


 エマが頷くと、マナは手帳を閉じて懐にしまった。


「なら、容疑者の一人に会いに行きましょうか」


 エマたちが向かったのは、エッラの葬儀を担当した男性──チャールズのところだ。

 チャールズは鷲鼻とこけた頬が特徴的な初老の男だ。陰険そうな雰囲気は他者を拒んでいるようで、人付き合いは悪そうな印象を受けた。

 仕事場を訪れた時、彼は熱心に棺桶の手入れをしていた。


「チャールズさん、少し話を聞かせてくれないかしら?」

「………………」


 ちゃんと聞こえているはずなのに無視するチャールズに、マナの眉間がピクつく。


「チャールズさん!」

「………………」

「ちょっとアンタね!」


 今にも胸ぐらを掴みかかりそうなマナをエマが制止して、私に任せろとジェスチャーをする。

 マナはストレスで自身の金髪を掻きむしろうとする手を抑えて、エマにこの場を任せることにした。


 なんの躊躇いもなくエマは、トコトコと作業をしているチャールズの元に寄る。彼が手入れをしている棺桶を眺めて一言。


「とても綺麗に手入れされている棺桶ですね。ここに入る人はさぞかし居心地が良さそうです」


 死んだような目をエマに向けてから、再び棺桶に視線を戻すチャールズ。


「死んだ人間に居心地もクソも無い。そもそもアンタに棺桶は無用の長物だろ……死神」

「知ってもらえて光栄です」

「だが、雑誌に載ってた写真より幾分小さく見える」

「死ぬと幼くなってしまうんです」


 エマが人懐こい笑みを浮かべると、チャールズは薄っすらと笑った。

 その様子をマナが腕を組んで面白くなさそうに眺めている。


「死んだら雛となって蘇る……まるで不死鳥だ」

「そんな大層なものではありませんよ。ただ生き汚いだけです」

「ふっ。で、何が聞きたい?」


 質問に答えてくれる態勢になったのを確認したエマは、マナに目配せをする。

 マナが概要をざっくりと説明すると、チャールズは卑しい笑みを浮かべた。


「遺体が消える? そんな馬鹿なことがあるか。遺体は独りでに動かない、大方誰かが掘り起こしたんだろう」

「その可能性を視野に入れて捜査しているわ。貴方はエッラの葬式を担当していた。つまり、貴方ほどエッラの死体と近い人物は居ない」

「俺が彼女の遺体を盗んだと疑っているのか?」

「いいえ。貴方は自分の仕事に誇りを持っている。この仕事場を見ればどんな馬鹿でも分かるわ。それに泥を塗るような真似はする筈がない。聞きたいのは葬式の前後で何か引っかかることは無かったか、ということ」


 チャールズはこめかみに親指を押し当てて、当時のことを思い出そうとする。

 しばらくしてから、チャールズは思い当たる節があったようで、ゆっくりとエマとマナに視線を向けた。


「エッラの遺体に関してだが、妹のニンファから再三念を押された」

「それはどんな内容?」

「とにかく慎重に丁寧に扱えと。防腐処理も完璧に施せとかも言われたな。そういう注文をしてくる遺族はいるが、ニンファの剣幕は異常だった」


 チャールズの証言を手帳にメモして、


「なるほど。他に気になることはあった?」


 とマナは問いかける。


「そうだな。強いて言えば、エッラの遺体はとても綺麗だった。それこそ眠っているかのようで……あんな状態の遺体は滅多にお目にかかれない」



×××



 チャールズの話を聞き終えたマナとエマは、その後も聞き込みをし続けた。

 相変わらず霧が街全体を包んでいるため、夜だと錯覚してしまいそうになるが近くの時計台を見るとちょうど昼下がりだった。


 時計台がある広場で姉妹はしばしの休憩を入れていた。

 ベンチに座って飲み物に口をつけながら、エマは腑に落ちない表情をしていた。


「珍しく難しい顔しているわね。いつも能天気な顔してるくせに」

「死体の状況を聞いて少し思うところがあって」

「話してみなさい」


 エマは濡羽色の毛先をいじりながら胸の内に芽生えた違和感を言葉に変換。


「死体の状態と処理の注文……ニンファさんはエッラさんを生前の状態を維持したかったように思えます。それはまるで死という概念を付与した人間を求めているかのようです」

「死の概念を付与した人間、ね。それ死体とどう違うの?」


 マナは首を傾げながらエマの飲み物を引ったくり喉を潤してから、自分の飲み物をエマに渡す。姉妹だからなのか味覚の好みは似ていて、マナは紅茶、エマはミルクティーだ。


「死を冒涜しているか否か、です。もしかしたら今回の件、ただの死体捜索では終わらないような気がしてきました」

「同感ね。聞き込みの住人たちの様子を覚えている?」

「はい、あれは何か隠していますね。盗んだなんて私たちは一言も言ってないのに、全員確信を持って盗んだと証言していました」

「チャールズを除いてね。街ぐるみの犯行……いいえ、事件の根本的なところから」


 ブツブツと呟き出すマナを横目で見ながら、エマは思考を巡らせる。


 死体の扱い方。

 防腐処理の徹底。

 才色兼備の姉。

 派手な妹。

 ブルネッリ商会。

 住民の反応。

 不愉快な気配。


 この街から来て得た断片的な情報が繋ぎ合わさり、ある一つの可能性を想起させた。


 もし、それが現実になっているとしたら……否、すでに現実になっているのだろう。


 だからこそ、マナは事件の捜査にエマを連れてきたのだ。わざわざノノを置いて。


 とはいえ今の段階では仮説に過ぎない。


「お姉様、私はもう一度ニンファさんに話を聞きに行きます」


 見透かすような金色の瞳でエマをジッと見てから、ほんの僅かに笑みをこぼす。


「そう、なら私はもうしばらく聞き込みをするわ。集合はここで」


 手帳を開き素早くペンを走らせて、書き終えるとページを破ってエマに渡す。

 一連の動作を流れるように済ませてから、マナはベンチから立ち上がり颯爽と霧の中に消えていった。

 エマはメモに目を通して、


「本当に捻じ曲がってますよね」


 と、呆れたように笑った。



×××



 ブルネッリ邸に再び訪れたエマは、応接室に通されてニンファと対面していた。

 ソファーに腰掛けて、エマはさっそく本題に移る。


「いくつか質問していいですか?」

「えぇ、私に答えられることなら幾らでも」

「ありがとうございます。では──」


 エマはひと呼吸置いてから、金色に輝く瞳にニンファを捕らえて言葉を放った。



「──貴女、エッラさんを殺しましたね?」



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