case3-2 『惨劇の屋敷』



 立ち込めるのは硝煙と血の匂い。

 復讐成就の匂いを鼻から肺にかけて堪能するエッカルトは、壇上から作り上げた光景を眺めて満足気に笑みを浮かべた。

 大広間に所狭しと敷き詰められたそれは、鮮血を垂れ流すだけの肉塊と化した貴族や大富豪の成れの果て。

 何十丁もの機関銃から一切に射出された何百、何千の弾丸は憎悪の対象を確かに蜂の巣にしてくれた。


 ただし、例外もいた。


「…………ぬっ」


 エッカルトは我が目を一瞬だけ疑った。

 殺戮の嵐を無傷で抜けた者が三人もいたからだ。


「あははは──っ! 大量の死体に夥しい量の鮮血、まさに屍山血河しざんけつが! 最っ高に興奮するじゃないですか!」


 濡羽色の髪をした少女は興奮した様子で手を振り払う。すると、彼女たちを護るように展開されていた無数の魔法陣が消失した。


「はぁ……凄く怖かったです」


 へたり込む白縹しろはなだ髪のメイド。あまり周りを見ないように、濡羽色の髪の少女にしがみつく。


「ふむ、欲に目が眩んだ間抜けどもを一箇所に集め始末する。良い手じゃ、褒めてやろう老骨」


 ミルクティー色の髪の美女は、惨劇を目の当たりにしても動揺一つ見せずに壇上のエッカルトに賞賛を述べた。


「まさか、第三皇女様まで来ているとは予想外でした」


 本心を述べるエッカルト。だが、表情には全く表れていないので虚言に聞こえてしまう。

 オリヴィアはパイモンと呼ばれる人形を指差して、


「その人形の美しさと醜さは紛れも無い本物。ソロモンとやらの技術、天晴れと言う他無い。そして、貴様の内に宿る復讐の業火が燃え上がる様は実に見応えがあった」


 一旦、言葉を区切ってから続ける。


「じゃが、貴様は妾にも業火を向けた。その愚行万死に値する」


 皇女から放たれた苛烈な殺意に、エッカルトの全身が勢いよく粟立あわだった。


「生憎と儂はこの屋敷からは一人も生きて返すつもりはない。それが例え第三皇女でもだ。──殺せ」


 エッカルトの一言で、装填済みの機関銃をエマたちに向ける黒服たち。その後、彼は黒服の一人である女性に車椅子を押されて舞台から退場した。


 オリヴィアは鼻を鳴らし、頬を上気させてソワソワしているエマに命令する。


「エマ、妾に仇なす輩を殲滅せよ。但し、老骨には手を出すな。あれは妾が直々にちゅうを下す」

「え? えへ? いいんですか? 本当に殺しちゃいますよ?」


 頬を緩めて何度も聞き返すエマは、まるでおもちゃを買ってもらえる子どものようだった。


「構わん、一人残らず殺せ」

「了解しました。ノノちゃんは頼みますよ」


 エマは死の色を纏った瞳を爛々と輝かせて、死体の山を踏み付けながら黒服たちへと猛進する。


 両手には魔力で創造したナイフが握られていた。


 黒服たちは一切の躊躇なく機関銃を乱射する。


 空になった薬莢が規則正しく地面に落ちていく。


 エマは乱れ狂う弾丸の中を縫うように進んで、時にはナイフで弾道を変えて直撃を防ぎながら、難なく壇上へと辿り着いた。


「くっ!」


 黒服が機関銃の銃口を向けるよりも早く、エマがナイフを走らせた。


 ナイフの描いた軌道に沿うように、黒服の両腕が本体から切り離された。

 黒服は落ちた自分の腕と断面図を交互に見て、我が身に何が起こったかを理解して絶叫する。


「お、俺の手がぁぁぁ──っ!?」


 エマは絶叫を吐き出す喉にナイフを深く突き刺す。


 引き抜いた時に吹き出た鮮血を浴びたエマは、それを舌で舐めて恍惚の笑みを浮かべた。

 少女が浮かべる艶かしい表情に、黒服たちはおぞましさを感じずにはいられない。


「こ、殺せ! 何としてもここでこの狂人を殺すんだ!」

「んふぅ……そんな熱い殺意を向けられたら昂ぶっちゃいますよ?」


 黒服たちはエマの素早い動きに目が追い付かず、相討ちを恐れて引き金を引くことが出来ない。

 エマは小柄な身体を駆使して、黒服たちの死角に回り込み、温情の欠片も無い死を与える。


 ある者は、大動脈を切り裂かれて、大量の鮮血を吹きながら。


 ある者は、首をへし折られて、絶句した表情を浮かべながら。


 ある者は、腹を切り裂かれて、臓物を撒き散らしながら。


 ある者は、耳にナイフを刺し込まれ、脳味噌を掻き混ぜられながら。


 ある者は、機関銃の残弾が無くなるまで撃たれ、原型を辛うじて保ちながら。


 ある者は──。


 ある者は────。


 ある者は──────。





 大広間に居た黒服たちを一人残らず殺したエマは、鮮血と臓物が飛び散る壇上で身体を痙攣させながら、蕩けきった表情で立ち尽くしていた。


 手に残る他者の命を奪った感触。

 全身に浴びた鮮血の仄かな温かさ。

 それらは、エマに快楽と果てしない多幸感を与えた。


「欲求不満を解消したか、『死神』」

「まだ足りませんね」


 夢現ゆめうつつのエマにオリヴィアが呆れたように声をかけた。

 エマはノノに血糊を拭かれながらいつもより高い声で答え、快楽の余韻に身体を震わせる。


「なれば老骨の後を追うぞ。彼奴が雑兵のみを従えているのは考え難い。故に貴様を満足させる飼犬がいるやもしれんぞ」

「それはそれは、楽しみですねぇ」


 惨劇の大広間を出て、エマたちは直観に任せて二階へと上がる。

 階段の踊り場まで来ると、ノノが唐突に前に出てエマとオリヴィアを手で制止する。


「待ってください。ここに罠があります」


 指摘した箇所を始め、階段の至る所にワイヤーがピンと張られていた。光の加減でワイヤーは見えにくくなっており、ノノが気付かなければ今頃エマとオリヴィアは罠の餌食だっただろう。

 ノノがしゃがんで罠を真剣な眼差しで見つめること数秒。


「このワイヤーに触れると仕掛けられている爆破術式が起爆、それか無数の鉄球が発射されるかと。ですが、ワイヤーに触れなければ問題ありません」


 白縹しろはなだ髪のメイドの言う通りに、ワイヤーに触れないように慎重な動きで階段を登り始めるエマとオリヴィア。


 その最中、オリヴィアは心底満足したように頷いた。戦場と化した屋敷には不釣り合いな程に彼女は自然体だ。


「エマの常軌を脱した戦闘力、ノノの卓越した後方支援──貴様等が居れば万の軍を率いているも同義よ」

「私とノノちゃんで万なら、そこに何人か加えて十万くらいにしませんか? 今より更に強力な私兵団になりますよ」

「私兵なぞという優美の欠片も無い言い回しを止めよ。今より更に強力とは片腹痛いわ。既に過剰火力というのに、これ以上増やしてどうする?」


 階段を登りきったところで待ち構えていた黒服。

 エマは彼の鳩尾を殴りながら、オリヴィアに意見を述べる。


「人数が少ないせいで、私たちにかかる負担が酷いんです。それに、お気に入りが増えたら貴女だって嬉しいでしょう?」


 くの字に曲がった黒服の髪の毛を乱暴に掴み、罠が幾重にも張り巡らされた階段に突き落とす。

 人体の体重にワイヤーは過敏に反応を示し、連鎖的に爆発を起こす。


 熱風にミルクティー色の髪をなびかせつつ、オリヴィアは顎に指を添えて、エマの意見について考えていた。


「ふむ、貴様等以外にも愛でる奴が増えるのは悪くはない。増員は前向きに検討してやろう」

「今日は随分と物分かりが良いですね。いつもそうなら嬉しいんですけど」


 エマは爆発に飲まれ絶命した黒服を頬を赤らめながら見つつ、オリヴィアに軽口を叩く。

 オリヴィアは、「妾ほど慈悲深い者は早々居らんぞ?」と楽しそうに言う。


 談笑しながら殺人を犯すエマを、ノノはうっとりと見つめていた。





 二階へ上がり、エッカルトの潜伏先を探しながら廊下を進んでいくエマたち。

 すると彼女たちの前に一人の黒服が立ちはだかった。


「エッカルト様の元には行かせない」


 長い髪を後ろで束ねた長身の女性だ。線の細い体躯は黒服がよく似合っている。まるでモデルのようだ。

 今までの黒服とは漂わせている雰囲気が明らかに異なるのを肌で感じた。


「妾の歩む道を阻むか俗物。ならば、其れ相応の罰を賜わせてやろう。──死という名の罰をな」


 オリヴィアの発言に、死を人型に閉じ込めたような少女が一歩前に出る。

 大きな金色の瞳に死の色を纏わせ、死神──エマ・ムエルテは恍惚の笑みを浮かべた。


「さぁ、楽しい楽しい殺し合いの時間ですよ?」



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