case3.復讐は闇に消え

case3-1 『皇帝の依頼』


 広大な領土と数多くの国民、圧倒的な国力を有する帝国は、世界で大国と謳われる王国を凌駕する超大国だ。


 帝国の中心である帝都。

 その帝都の中心──威風堂々、傲岸不遜にそびえ立つ帝城。


 エマとノノは顔パスで城内に入り、他の場所には目もくれず謁見の間へと向かう。

 広大な空間──何本もの太い柱が高い天井へと伸び、床の上に敷かれた絨毯が一直線に奥にある豪奢な椅子へと、入ってきた者を誘うようだ。


 その椅子に腰掛ける人影は二人を見るなり、


「あの老骨の召集を無視するなぞ、帝国全土を見渡しても貴様らしか居らぬだろうな」


 と言って、傲慢な笑みを浮かべる女性。


 身長は百六十センチ程度。

 淡く柔らかみがあるミルクティー色の長い髪は恐ろしく丁寧かつ繊細に編み込まれている。抑えようとしても、満ち溢れる美貌は咲き誇る華を彷彿、凌駕していた。起伏に富んだ肢体は艶かしく、淫魔にも引けを取らない色香を醸し出している。


 彼女は、帝国第三皇女オリヴィア・シャルベール。

 正真正銘のお姫様であり、エマとノノを好き勝手に使える唯一の存在だ。


「私は無視した訳では……」


 ノノが皇帝の招集を知ったのは今日の朝だった。

 ゴミ箱に捨ててあった招集状を見つけて、それが十日前に届いていたことを知った時の、ノノの表情はこの世の終わりを目の当たりにしているようだった。

 これに関しては流石のノノでも怒り、面倒臭がるエマを無理矢理引きずって現在に至る。


「ほう、淫魔風情が妾に苦言を呈するとは、余程冥府に堕ちたいとみえる」

「い、いえ! そんな滅相もございません! 大変申し訳ありません!」


 白縹しろはなだ色の髪を上下に揺らして謝罪を繰り返すノノ。

 舌打ちをして、エマはオリヴィアを睨みつける。


「ノノちゃんからかうのやめてくれませんか? 殺しますよ?」

「死神如きが、妾を殺すだと? 笑わせるではないか」


 割と本気の声色だったが、オリヴィアは大きな胸を揺らしながら楽しげに嗤う。

 顔を合わせると毎回と言っていいほど、このくだりがあるのだが、何回やっても彼女は楽しそうでなによりだ。

 エマは早く帰りたいのでさっさと本題に入ることにした。


「それで、何用ですか? 面倒ごとは御免ですよ」


 ひとしきり笑い、第三皇女様は肘掛けに肘をついて頬づえをしながら、どこか愉快そうな顔をする。

 嫌な予感にエマは形の良い眉を顰めた。


「老骨の蒐集しゅうしゅう癖は知っておるだろう?」

「ええ、その蒐集に付き合わされていますからね」


 予感的中。

 皇帝は奇妙奇天烈きみょうきてれつな代物──例えば、とある魔獣が数百年に一度だけ体内で生成する宝玉、一度身に着けたら死ぬまで外すことの出来ない鎧、大昔に存在したと云われる魔女の遺産など、曰く付き、オカルトめいた物を集めるのが趣味なのだ。


 で、エマとノノは、自分の娘の部下でかつ他の部隊とは違って、融通がきく──それに自分の趣味に正規部隊を動こかすのは周り、国民からの批判も集まる──ので、度々皇帝の蒐集に半ば強制的に協力させられている、という訳だ。


 どうやら今回もそのようだ。

 やっぱり来なければ良かった、とエマは目頭を押さえる。


「なんでも、老骨が長らく探しておった人形が競りに出されるとのことじゃ」

「それを私たちが落札して来いということですか?」

「落とすのは妾よ。貴様等は護衛じゃ」


 単なる護衛ということにエマとノノは安堵した。

 皇帝依頼は毎度毎度、難易度が異常に高い。軍学校で訓練を積んだ新兵だったら軽く十回は死ぬレベルだ。


「承知しました。それで、その競りはいつ開催されるのですか?」


 ノノの質問に、オリヴィアは端的に答えた。


「今日じゃ」





 競りの舞台となるは帝都に建つ、とある豪邸だ。

 門前には警備員が配置されていた。

 彼らはエマたち──正確にはオリヴィアを見て、極度の緊張に襲われながら職務を全うする。

 本館へと向かう最中、ノノが疑問を口にした。


「皇帝陛下が探していた人形って、ソロモンシリーズですか?」

「淫靡な妄想に耽る以外にもその頭は使えるようじゃな。貴様の推測通り、老骨が求めておる人形はソロモンシリーズと呼ばれる代物よ」

「稀代の人形師ソロモンが創り出した七十二体の人形。その出来は人間と遜色が無いとか……面白くないですね」


 吐き捨てるように呟くエマ。


「競りに出されるのは『パイモン』。性癖の歪んだ貴族が好みそうな逸品じゃ」

「なるほど、皇帝もその一人と」

「抜かせ、あの老骨にあるのは蒐集しゅうしゅう欲だけじゃ」


 屋敷内に入り、会場である大広間に行くとすでに多くの参加者が飲み物片手に談笑を繰り広げて居た。居るのは貴族や大富豪など裕福な生活を送っている者ばかり。


「ふん、私腹を肥やす豚どもの道楽よ」


 その場に居る殆どを敵に回す発言をするオリヴィア。

 だが、彼女の意見に反論するものは誰一人いない。

 それどころか、貴族や大富豪たちは我先にと言わんばかりにオリヴィアの元に近づいてきた。


「これはこれは第三皇女様! 本日もお美しい!」

「第三皇女様の美しさはこの世の全ての宝石を集めても叶いませんわ!」

「貴女様こそ帝国の未来です!」


 四方八方から飛んでくる歯の浮くような賞賛の言葉の数々。

 あからさまな忖度を目の当たりにしてエマは頭が痛くなりそうになる。


 ──なんたる無駄な努力なんでしょうか。


「黙れ」


 一喝。

 オリヴィアの艶やかな唇から紡がれた、辛辣な一言は全員を一瞬で黙らせた。


「口ばかり達者になりおって有象無象が。貴様らのような輩が我が帝国を腐らせていくことを自覚せよ」

「申し訳ありません……ですが」


 オリヴィアは言い訳をしようとする貴族の口を鋭い視線で無理矢理黙らせる。


「これ以上、汚物が如き言葉を垂れるな。即刻首を刎ねられたいか?」

「…………」


 第三皇女のご機嫌取りよりも自分の命を優先した貴族、大富豪たちは静かにオリヴィアから離れていった。

 今のくだりを見ていたエマとノノは揃って苦笑い。


「これでまた支持率が下がりますね」

「エマ様、そんなにはっきりと……素敵です」

「まぁ、オリヴィアにとって貴族や大富豪の支持なんてゴミ同然ですからね」


 しばらく無駄な時間を過ごし、いい加減に飽きてきた頃にオークション用に改造された大広間の壇上に車椅子の老人が現れた。


「あれが主催者ですか」

「大富豪エッカルト・バルテン。殆ど表に出てこない故に素性は不明、不気味な怪老じゃ」

「棺桶に片足入れてるおじいさんにしか見えませんけどね」


 エマの素直な感想にオリヴィアは大きな胸を揺らしながら愉しげに笑う。

 それからエマたちは壇上のエッカルトへ意識を向けた。


「本日はここまでの有識者に集まってもらい、大変嬉しく思う」


 エッカルトが話し始めると、数人の使用人が黒い布を被せた物体をエッカルトの隣に置いた。


「儂は今日という日をどれほど待ちわびていたか。宴の前に暫し儂の昔話を聞いて貰いたい」


 息を整えてから、エッカルトは過去に思いを馳せるようにぽつりぽつりと語り出した。


「儂は物心ついた時にはすでに孤児院にいた。両親は産まれて間もなく孤児院の前に捨てたらしい。しばらくは貧しくも幸せな生活を送っていたが……忘れもしない七歳の時。儂は売り物として闇市場に出された。運営が厳しくなっていた孤児院はあろうことか孤児を売って運営費を賄っていたのだ」


 ノノが暗く呟いた。


「……人身売買」

「儂は玩具として性癖の歪んだ貴族や大富豪に弄ばれた」


 エッカルトは隣に置かれた物体にかけられた黒い布を震える手で取り払った。

 姿を現したのは美しい少年だ。あまりにも整った顔立ちはまるで少女のようで、見る者の目を惹きつけて離さない。


「あれが『パイモン』。ふぅん、確かによく出来ていますね」


 エマがさほど面白くなさそうに壇上で注目を集める少年、否、人形を見つめた。


「些か美化されているが、これは玩具として扱われていた時の儂じゃ。この人形を見る度にあの時の絶望、苦痛、羞恥、恐怖、そして憎悪……あらゆる負の感情を思い出す。だが、儂はあえてこの時の自分をソロモン殿に創って頂いた。理由はたった一つ」


 その瞬間、エッカルトは憎悪に染まった表情でパイモンのスカートを思い切りめくり上げた。

 会場が騒然とし、ノノはあまりの衝撃に顔を真っ青にして目を背ける。

 エマは愛らしい顔を嫌悪で歪め、オリヴィアは胸の下で腕を組んだまま表情を一切変えない。


「お前らのような貴族、大富豪への復讐心を色鮮やかに刻んでおくためだ! 儂はこの日が来るのをどれ程待ち望んでいたか! そのために必死に働いて、確固たる地位を、莫大な富を獲得した!」


 大広間の扉が勢いよく閉められ、大勢の黒服が壇上に現れた。その手には機関銃が握られていて、銃口は一つ残らず貴族や大富豪たちに向けられていた。


「儂の味わった絶望、苦痛、恐怖の一片を味わえ! この卑しい豚どもが!」


 エッカルトの絶叫と同時に機関銃が火を噴いた。

 大広間に鮮血の華が咲き誇った。


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