case2-5 『掌の上』



 エマはウォルトと共に裁判所へと向かった。

 ロビーには、何がなんだか分からない、といった表情を浮かべるノノとクレイグが居た。

 その二人の他にもう一人。


 お人形さんのように可愛らしい少女だ。

 歳は十歳くらいだろうか。肩の辺りで綺麗に切り揃えられた柔らかそうな質感をした桃色の髪、大きな瞳は紫紺の輝きを放ち景色を捉える。他に比べて少しだけ尖った耳が彼女の存在感をより世界に知らしめている。

 お洒落をすればどこかのお姫様と言われても違和感はないが、残念なことに今現在の彼女は薄汚れた外套を羽織っている。フードを深く被っているので可愛らしい顔も見え隠れしてしまっている。


 少女はエマとウォルトに気が付き、こっちに来いと手招きをした。


「彼女が相棒ですか?」

「ご明察。名前はモニカ。因みに『不死の灰かぶり』の異名はあっちのことだ」

「報告書が誤りだったようですね。差し支えなければ、『不死の灰かぶり』の理由を教えてください。見たところハーフエルフのようですが、流石に不死は言い過ぎではないでしょうか?」


 美味しそうに紫煙を吐きながら、ウォルトはやる気の無い声で答えた。戦闘時との落差があまりにも大きいので別人と居るような錯覚に陥りそうになる。


「どんな危機的状況に見舞われても今の今まで生き残って来たから、周りの奴らがそういう風に言うようになったんだ」

「なるほど」


 モニカがどのような道を歩んで来たか分からないが、決して楽な道のりでは無いことは想像できた。

 彼女の首に着いている、装飾が施された首輪──奴隷霊装がありありと語っていたからだ。


 帝国では奴隷制度は完全撤廃されており、各国でも規制は年々厳しくなっている。

 しかし、王国や裏社会では奴隷の売買は日常的に行われているのが現実だ。


「エマ様! ご無事で良かった……」

「ノノちゃんも怪我は無いようですね」


 白縹しろはなだ色の瞳に薄っすらと涙を溜めて、ノノは安堵に胸を撫で下ろした。

 エマもノノの無事にホッとする。

 すると、モニカがフードの奥から恐る恐る覗き込んでいるのを横目で気付いたエマは、話しかけることにした。


「貴女にはしてやられました。モニカさん」


 セーフハウスの窓の施錠、馬車の爆発は全てモニカの仕業だった。馬車に関しては、馬を巻き込まないように爆発の指向性、威力を調整してあったことを鑑みるに根は優しい子のようだ。


「もっと褒めてくれてもいいんですよ。にしても、エマさん強過ぎです。ウォルトさんやられちゃうんじゃないかってひやひやものでしたよ」

「貴女の相棒も相当強かったですよ。手加減されてなかったら死んでました」


 戦闘中に感じた違和感の正体。

 ウォルトはエマを仕留められる絶好の機会に限って射撃を外していた。

 それは、彼に殺す意志が無かったことを如実に表していた。


「素直には喜べないな。本気のほの字も出して無かった相手に褒められても」


 痛いところを突かれた。

 事実、エマは全力を尽くしていたが、本気は出していなかった。正確に言うと本気が出せないのだ。真の実力を発揮するには、上司である第三皇女の許可が必要になる。


 ──とはいえ、お互い様ですけど。


 そう、ウォルトも本気を出してはいなかった。

 手合わせすれば、相手の底は大抵見えてくるがウォルトに関しては見えなかった。


「そろそろ、ウォルトさんたちの目的を教えて貰えませんか? 私もノノちゃんもクレイグさんも、状況が見えていないんです」


 ウォルトは灰色の髪をさすりながら、自分たちの目的を語った。


「最終的な目的は、そちらさんと同じ──ベネデットを出廷させることだ。違いがあるとすれば依頼主だ。俺たちの依頼主はロヴィーナファミリーなんだ」


 衝撃の依頼主にノノは目を大きく見開き、クレイグは開いた口が塞がらない。


「なぜ、ロヴィーナファミリーが自らの首を絞めるような真似を?」

「正確に言うと先代のボスからの依頼だ。代変わりしてからロヴィーナファミリーの活動は非人道的なモノになった。それを嘆いた先代のボスはファミリーの壊滅を願ってたんだ」


 ウォルトの後をモニカが継いで語る。


「ちょうどその時にベネデットさんがファミリーの悪事を証言しようと出廷を決意します。そうなるとファミリーの人たちが、ベネデットさんを消そうと考えるのは当然の流れ。そこで、私たちの出番です」


「…………」


「まず、個人的な粛清をさせないために、ファミリーの総意として暗殺者を雇わせるように誘導します。そして、そのうちの一人とてウォルトさんに依頼が行くようにします。ここら辺は先代ボスの根回しでどうにでもなりました」


 語り手がウォルトに戻る。

 一本目の煙草は吸い終わり、二本目に火を点けるところだ。


「表向きには暗殺依頼だ。俺たちがベネデットを守ることはできない。暗殺者の中にはバタフライも居た。アイツを軽々退けることが出来る人物となると、お前さんが真っ先に思い浮かんだ」


「だから、私たちに依頼が来たってことですか」


「そういうことだ。もう一人の暗殺者は取引をして、こちらに引き込んだ。その後は、いかにもベネデットを暗殺しようと動いているように見せるために、調整しつつ事を運んだって訳だ」


「あぁ……結局はウォルトさんの掌の上ってことですか」


 つまりエマたちは踊らされていたのだ。

 そうと知ると疲れがドッと湧いてきて、今すぐに帰りたくなった。


「計算外は色々あったが、何はともあれ丸く済んだ。これもお姫様のお陰だぜ」

「お礼は受け取っておきますよ。出来るなら、もう巻き込まないで欲しいですけど」


 そう言って、エマは差し出された手を握った。



×××



 数ヶ月後。

 自宅のソファーでゴロゴロしていると、ノノがエマの分も飲み物を持ってきてくれた。

 エマは起き上がり、ソファーの半分をノノのために空けて飲み物を受け取る。コップの中身は紅茶だ。エマのはミルク、砂糖多めになっている。何も入れてないのは苦くて飲めないのだ。

 ノノはソファーに腰掛けながら、


「そういえば、ロヴィーナファミリー解体されたみたいですよ。指揮を取ったのはクレイグさんらしいです」

「あの時は、『何も活躍出来なかった』と悔やんでましたからね。面目躍如じゃないですか」


 エマは紅茶を飲みながら、あの日のことを振り返る。


「バタフライさんはどうなったんでしたっけ?」

「確か、拘置所搬送途中に脱走した筈です」

「ほらやっぱり。あの時に殺しておくべきだったんですよ」


 カチェリーナ戦の中途半端な結末は、未だに思い出しただけで気分が悪くなる。

 その点、ウォルトとの戦いは久々に心が踊った。残念だったのは、本気の殺し合いでは無かったことくらいだろう。もし、機会があればどちらかが絶命するまで心ゆくまで殺し合いたいものだ。

 そして、今回の件を得て、エマは一つ決めたことがあった。


「部隊の人数を増やしましょう」

「急にどうしたんですか? これまでもエマ様と私でどうにかなっていたと思うのですが」

「人数が少ないと全て私たちが引き受けることになります。なら、人数を増やして私たちの出番を少しでも減らそうと思ったんです」

「ああ……そういう理由なんですね。部隊の人数増加は賛成です。しかし……」


 ノノは恐ろしく整った顔を困ったように顰める。

 その理由は聞かずとも分かった。

 部隊のメンバーを増やすにあたって壁はいくつかあるが、最も高い壁は──、


「新しい人をオリヴィア様が気に入るかどうか、ですよね」


 結局エマたちの部隊は、オリヴィアの好みで所属出来るか否かが決まってしまう。

仮に凄まじい戦闘力、頭脳を持っていてもオリヴィアが気に入らなければ所属は出来ない。反対に何の取り柄もなくてもオリヴィアが気に入れば所属が出来てしまうのだ。


「ならば、見つけるまでです。私はやりますよ。──自分が楽をするために」


 珍しくエマの金色の瞳はやる気に満ちていた。

 理由はこの上なく不純だが……。



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