case1-3 『死への冒瀆』
ラグドールに戻ったエマとノノは、情報収集を終えたオルコットと合流した。
ちょうど昼時だったので、情報共有を兼ねてレストランで食事をすることにした。
店内に入ると、途端に騒ついていた店内が静まりかえった。原因は言わずもがなノノ。客を始め店員までもが彼女に見惚れて、動きを止めていた。
どこに行っても同じ現象が起こるので、エマは少しも感情を動かさずに、空いているテーブルへ向かう。
男たちの熱い視線を浴びながら、恥ずかしそうにエマの後を追うノノ。
徐々に賑わいが戻ってきた頃、呆気にとられていたオルコットが我に返り、慌ててエマたちが座ったテーブルに行く。
「おい、今の何だったんだ? 急にみんながノノさんを見て……」
先の光景を脳裏に浮かべて驚きを見せるオルコットに対して、エマはメニューを見ながら何百、何千回とした説明をする。
「『魅了』ですよ。ノノちゃんは淫魔なので、どうしても視線を集めるんですよ、特に男性の」
「そうか、淫魔だったのか。どうりで……」
「こんなに可愛いのか、ですか」
台詞を先読みして述べる。
顔を赤くしながら、オルコットは頷く。
エマは満足そうに笑う。
「そうですよ、ノノちゃんは世界で一番可愛いです。あ、見るのは構いませんがお触り厳禁ですからね」
「分かってるよ! エマさん、君のこと本当に好きなんだな」
オルコットが言うと、ノノは真っ赤になった頬に手を当てて身体をくねらせる。至上の喜びをどう表現すればいいのか困っているようだ。
「私もエマ様のことが大好きです。……これは相思相愛なのでは!」
「もう、そんなの当たり前じゃないですか。私とノノちゃんは相思相愛ですよ」
「エマ様ぁ~」
イチャイチャする二人を見てオルコットは思う。
この二人の間に入れる者はいるのだろうか、と。
×××
運ばれてきた料理を味わいながら、エマたちはオルコットの仕入れた情報を聞く。
オルコットの持っている手帳をちらりと覗くと、はしりがきのような文字の羅列が所狭しと書かれていた。
「バリー・エイムズは元々商人だったみたいだ。彼は、ここで採れる鉱物資源の稀少性にいち早く目を付け商売は見事に成功。一代にして財を成した」
「あれだけ大きな屋敷でしたからね。商人なら納得です。でも、何で錬金術に手を出したのでしょう?」
ノノの疑問はもっともだ。
錬金術にのめり込むより、商人として活動していた方が収入は確実に良い。
「実はな、バリー・エイムズは数十年前に妻と娘を事故で亡くしているんだ。愛妻家、子煩悩なバリーは相当なショックを受けたらしい。ここからは俺の推測だが、バリーは意気消沈している時に錬金術のことを耳にしたんだと思う。この街には錬金術師がちらほらいるから可能性は十分にある」
「それで人体錬成のことを知り、錬金術に傾倒していったと。まぁ、筋は通りますね。では、死んでいたエイムズ夫人は?」
「再婚相手だ。再婚してからしばらくは普通だったらしいが、ある日を境にバリーはおかしなことを言うようになったらしい」
オルコットは水を飲んで喉を潤し続ける。
「錬金術師数人から聞いたんだが、バリーはホムンクルスを錬成したと言い始めたらしい」
「ほう」
「流石に信じられなかった錬金術師たちは、実際にホムンクルスを見せてみろと言った。が、バリーは自分の研究成果であるホムンクルスを盗む気だろ、と被害妄想に取り憑かれて絶対に見せようとはしなかったみたいだ」
話を聞いたエマは全てを察して小さく溜め息を吐いた。
面白くなさそうに濡羽色の髪を指で弄ぶ。
「なるほど、そういうことですか」
「エマ様、何か分かったのですか?」
頷いて、エマは話し始めた。
「ある日を境におかしなことを、と言いましたが、正確にはイヴちゃんが生まれてからです」
「──っ、それはつまり」
「エイムズ氏は普通に生まれたイヴちゃんを、自分が錬成したホムンクルスと思い込んだのでしょう」
それは、妻と娘を錬成しようともがいた男が頭の中で描いた虚構なのかもしれない。
思いが強過ぎて、現実を直視することが出来なかった結果なのかもしれない。
どちらにせよ、バリー・エイムズを非難することは難しい。
ただ、エイムズ夫人とイヴのことを思うと気持ちの良い話ではない。
「犯人についての情報はありましたか? 生前のエイムズ氏とトラブルを起こした人とか」
「いや、最近は誰もバリーには近づかなかったらしい。あ、でも、数日前にバリーが誰かと話し込んでいたのを見たって人がいたな」
「そうですか」
決定打にかける、とエマは思い眉間を揉む。
ふと、視線を横に向けるとノノが難しい表情をしていた。
「どうしたんですか?」
「いえ、その、ユニ先生の話を聞いた時からずっと気になることがあって」
「気になること?」
「あの隠蔽魔術なんですけど、とても三流の方がやったとは思えないんです」
ノノが感じた違和感を聞いて、エマは暫し意識を思考の海に沈める。
事件の欠片を繋ぎ合わせ、やがて、ある一つの可能性が浮かび上がってきた。
「…………。ノノちゃん、オルコットさん。確認したいことがあるので付き合ってくれませんか?」
×××
辺りはすっかり暗くなり、夜空に煌々と輝く月だけが唯一の光源となっていた。
事件の現場となった屋敷──その近くの茂みの中でエマたちは息を潜めて待機していた。
美少女たちと密着するのは心踊るものだが、それにも限度がある。昼食の後、ここへ来てからずっとこの状態が続いている。流石に疲労が出てきたオルコットは気晴らしついでにエマに質問した。
「教えてくれないか? なんで俺たちは何時間もこんなところに隠れているんだ?」
「それは犯人がやって来るからですよ」
「本当か!?」
目を見開いてオルコットはエマに詰め寄る。
待ち伏せにも飽きていたエマは暇つぶしも兼ねて、推理を披露することにした。
「きっかけはノノちゃんの発言です」
「隠蔽魔術がどうとかってやつか?」
「えぇ、隠蔽魔術はエイムズ氏の腕では不可能な練度──だとしたら、誰が隠蔽魔術を使ったのか? 私の推測ではイヴちゃんです」
「あの子が?」
信じられないという様子のオルコット。
だが、エマには確信があった。
「彼女が隠蔽魔術を行使したとすれば、工房に一人いたのも説明がつきます。恐らく彼女は自分のお父さんの研究成果を犯人から守ろうとしたのでしょう」
「親の命より……研究成果……? そんなのどうかしている」
「一般の方からすれば信じられないでしょう。ですが、彼女の価値観は魔術師のそれでした。生まれた時からそうなのか、教育の過程でそうなったかは分かりませんが……」
魔術師という人種にオルコットは嫌悪感を露わにした。
それが正常な価値観だ、とエマは思いつつ言葉を続ける。
「問題の犯人ですが、十中八九エイムズ氏と話し込んでいた人でしょう。動機はホムンクルス ──エイムズの狂言を鵜呑みにして奪おうとした。しかし、犯人も腕としては三流だったのでしょう。隠蔽魔術を見破ることが出来ずに、工房を見つけることが出来なかった」
「………………」
「きっと犯人はホムンクルスを探しに再び屋敷に来るかな、と思ったので、こうして張り込んでいる訳です」
聴き終えたオルコットはなんとも言えない表情で腕を組んだ。
エマの予想に納得出来ないという様子だ。
「ホムンクルスのために危険を犯してまで、犯行現場に戻っ……」
「あっ、誰か来ましたよ」
会話にも参加せずにしっかり監視をしていたノノが声を上げる。
慌てて屋敷の方を見ると、確かに人影が立っていた。
「本当かよ……」
「常識が無いんですよ、錬金術師を含めた魔術師という人種は。さぁ、解決編と行きましょうか」
茂みから飛び出して、エマは人影の前に立ちはだかる。
後に続いてノノとオルコットも飛び出す。──が、その人影を見た瞬間に顔が真っ青になった。
その男はとても生きているとは思えなかった。
髪は潤いというものが一切無く、ボサボサに伸びており、服装も泥や土で汚れボロボロの布切れを羽織っているようだ。
何よりも不気味だったのはその顔だ。目は窪み正気を失ったようにギョロギョロと動き、頬は瘦せこけて、肌の色は信じられないくらいの土色だ。
ノイズのような声色で、男は絶叫する。
「ソコヲォォォ……ドケェェェ──!!!」
「あぁ……なるほど、そういうことですか。ノノちゃん、オルコットさん、離れていてください。これは私が狩ります」
「承知しました。お気をつけてください、エマ様」
ノノは硬直しているオルコットの腕を引き、エマと男から十分な距離を取る。
「おい、何なんだアイツ!? 絶対普通じゃないだろ! あんなの一人で大丈夫なのかよ!?」
やっと思考停止状態から解放されたオルコットは焦りながら言う。
それとは対照的にノノは冷静な面持ちでエマを見つめて、オルコットに向かって呟いた。
「大丈夫です。エマ様は死を司る存在──死からは誰も逃れることは出来ません」
エマはつま先で地面を軽くつつきながら、不愉快そうに言う。
「私は嫌いなものがいくつかありますが、最たるものが二つ。一つはノノちゃんを傷つける人……」
エマの小さな掌に魔力が視覚化されるほどに集まり、意思を持ったように蠢き、徐々にその姿を変えていく。
創造されたのはエマの背丈ほどの巨大な鎌。
大鎌を手足のように操って、感触を確かめて、満足したように頷き、男に視線を向ける。
「もう一つは死への冒瀆。──貴方の今していることですよ」
暗闇の中で煌々と輝くエマの瞳。
それは、死の色を纏っていた──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。