case1-2 『錬金術師』



 屋敷の外でオルコットと合流したエマたちは、工房での一部始終を話した。

 オルコットはノノにくっついている女の子──イヴを見て、曖昧に頷いた。


「そうか。で、その子がホムン……なんとかって言うのか?」

「ホムンクルスです」

「うーん、そもそもホムンクルスって何だ?」


 首を傾げながら疑問を呈するオルコット。

 どうやら彼は魔術方面の造詣は深くないようだ。

 そもそも、帝国は魔術よりも科学の発展を重視しているため、一般の人が魔術に関わる機会も少なくなって来ている。

 魔術に触れるより銃器に触れる方が多いだろう。

 他の国とは異なった発展を遂げた為、大国として君臨している部分もある故、魔術の発展を放棄したことを愚行とは一概には言えない。


「錬金術師が創り出す人工的な生命体です。まぁ、簡単に言うと人造人間ですかね」

「人造人間!? この子が? そんな風に見えないけどな」


 まじまじと見てくるオルコットに警戒したのか、イヴはノノの後ろに隠れてしまう。

 ノノは苦笑しながら言う。


「イヴちゃんがホムンクルスかどうかは我々では判断しかねます。仮に本当にホムンクルスだったら色々と問題ですから。なので、専門家に意見を伺うことにしました。あ、工房にあった資料を持ち出しても構いませんか?」

「ああ。俺や他の奴が見てもさっぱりだろうからな。専門家ってことは、ソイツも錬金術師なのか?」


 その問いにエマは溜め息を吐きながら頷いた。


「そうです。錬金術の第一人者と呼び声の高い錬金術師です。あまり会いたくはないんですけどね」

「そうなのか」

「えぇ、面倒な人なので。という訳で、私たちは一旦帝都に向かいます。オルコットさんには被害者の身辺調査をお願いしたいんですが」


 オルコットは自信たっぷりに胸を拳で叩いた。

 ここからは俺の腕の見せ所だ、と言わんばかりの表情はとても輝いていた。


「そっちは任せてくれ」

「頼りにしています」

「頑張ってください! オルコットさん!」


 ノノの応援に、オルコットは顔を赤らめてから、湧き上がる活力を全身に回して、雄叫びを上げながら身辺調査へと走り出した。

 その光景を眺めていたエマはくつくつと笑う。


「やっぱり凄い効力ですね、ノノちゃんの応援は」


 これには少しばかりカラクリがある。

 ノノは人間ではない。──淫魔だ。

 そして、淫魔にはとある特性がある。


──『魅了』。


 異性はもちろんのこと、同性、別種族をも虜にしてしまう、神が淫魔に与えた福音だ。


「あの様子ならきっと多くの情報を集めてくれそうですね。では、私たちは私たちの仕事をしましょうか」



×××



 科学に傾倒していった帝国においても、魔術という存在は今も深く根を張っている。

 帝都郊外にある街は多くの魔術師が住み、無数の魔術関連施設が建っていることから魔術都市と呼ばれていた。

 その中心にそびえ立つ巨大な建物──魔導図書館は魔術都市の象徴でもあった。

 魔導図書館は、魔術師たちの教育指導も行っているので、学園としての役割も果たしている。


 その敷地内を歩いていると、何人もの学生たちに話しかけられた。

 と言っても、その大半がノノを口説こうとする者だった。

 オンオフの切り替えが出来ない、魅了の悲しき弊害である。

 仮に魅了が無かったとしても、ノノの美貌と芸術的な肢体は、それだけで大衆を引き寄せてしまうだろう。

 大親友が注目の的になるのは誇らしい限りだが、時と場合を考えて欲しい、とエマはイヴの頭を撫でながら思った。


 なんとか学生たちから逃れて、エマたちはやっとの思いで目的地へと到着した。

 『錬金術科研究室』と書かれたプレートが吊るされた扉を開けて中に入る。


「うわっ……」


 フラスコやビーカー、温度計、魔法陣の描かれた羊皮紙、古い魔術書、色鮮やかな輝きを放つ石の数々など、科学と魔術が混在したテーブル。

 動物の頭蓋骨、不気味な人形など使い道が不明な代物があちこちに散乱していた。

 エイムズの工房も整頓されているとは言いがたいが、ここは数倍は散らかっている。


 メイドとしての性なのか、ノノは片付けたくてうずうずしていたが、エマが制止する。

 なぜかというと、少しでも物を動かしたりしたら、この部屋の住人がブチ切れるからだ。


「んん〜甘い死の匂いと淫靡な匂い。この組み合わせは……」


 ソファーに寝転がっていた女性が、顔の上に乗っていた本をどかして入口に棒立ちしているエマたちを見つめた。


「やっぱり。久しぶりね、エマ、ノノ」

「お久しぶりです、ユニ」


 ユニ・アルケミア。

 二十代後半。身長は百六十センチ程度。

 背中まで伸びた銀色の髪を無造作にまとめ上げている様は、彼女のズボラさを表現している。

 緑色の瞳、スッとした鼻筋、ふっくらとした唇──整った顔立ちをしているが、気の抜けた雰囲気が否めない。

 ワイシャツは中途半端なところまでしかボタンが止められていなくて、豊満な胸の谷間が見えてしまっている。くびれた腰付きとタイトスカートから伸びる美しい脚線。

 不摂生な生活を送っているはずなのに、どうしてこんなにスタイルが良いのか、エマは疑問でしかなかった。


 ユニはソファーから立ち上がって、床に散らばった本を器用に避けて一直線にノノの胸に飛び込んだ。


「あぁ〜堪んない! 凄い柔らかいし、良い匂いするし、一度この味を知ったら他の子は物足りないって!」

「そ、それは光栄ですけど……少々恥ずかしいというか……」


 恥じらうノノなどお構いなしに深呼吸したり、揉みしだくユニ。瞳には怪しい光が灯っている。

 お巡りさん、ここに変質者がいます、とエマは叫びたくなった。


「淫魔ってみんなこうなの!? それともノノが特別なの!? どちらにしても最高! ずっとこうしていたい……ねぇ、わたしにノノを頂戴!」

「駄目、絶対に駄目です! 私のノノちゃんから早く離れて下さい、このド変態!」


 頬を膨らませて怒るエマ。子どもっぽい怒り方なので怖くはない。寧ろ、可愛さがある。

 彼女はノノのことになるとすぐに熱くなってしまうのだ。

 満足はしてないが、これ以上したら冗談抜きで殺されかねないと判断したユニは渋々ノノから離れた。


「ド変態にド変態って言われても一つも響かないよねぇ。それで、辺境に引きこもっているアンタたちがどうして……って聞くまでもないか。また、事件に首突っ込んでいるんでしょ?」


「私たちは好きでやっている訳じゃありません。どこぞの皇女のせいです」


「帝国第三皇女オリヴィア・シャルベール。変わったものと変態に好奇心を示す物好き皇女。まぁ、彼女が物好きなおかげで、この図書館は存続できているから感謝はしてるけどね。で、今回はどんな事件なの?」


 落ち着いて話をするために全員座ることに。

 ユニは寝ていたソファーに座り、エマとノノは反対側のソファーに腰を下ろす。イヴはノノの膝の上にちょこんと座った。

 ひと息ついたところでノノが大まかな概要を説明し始める。

 ユニは片手にエイムズの研究成果を読みつつ、気分良さげに話しの合間合間に相槌を入れる。


「──それで、ユニ先生にはこの子がホムンクルスかどうか確認してもらいたくて伺った訳です」


 すると、ユニはいきなり腹を抱えて笑い出した。


「そのおチビちゃんがホムンクルス? ないない、絶対にないから」

「あっさりと断言するんですね」

「はっきり言って彼の腕は三流以下。この研究成果を見れば嫌でも分かる。彼の腕でホムンクルスなんて天地がひっくり返っても不可能よ」


 研究成果をテーブルに無造作に置いて、ユニはソファーの背もたれに身体を預ける。


「ただ、目の付け所は面白い。こんなアプローチは考えたことなかったわ。もしかしたら、惜しい人材をなくしたのかもしれないわね。……ねぇ、そのおチビちゃん、事件が片付くまでわたしに預からせて」

「それは構いませんが、どういう風の吹き回しですか?」


子ども好きでもないのに、とエマが言うと、ユニは研究成果を顎で指す。


「文字が独特で読めないところが多いのよ。おチビちゃんなら分かるかなって」

「そういうことですか」


 ふと、ある疑問がエマの頭に浮かんだ。

 当たり前にしていたせいで、見落としていたことだ。


「それ全部あるんですか? 抜けている箇所とかは?」

「いや、きっちり揃っているわ。大体、この程度の代物を手に入れるために殺人なんてしないって」

「え? さっきは目の付け所は面白いと……」

「面白いだけで、内容はカスよ、カス」


 これでもかと酷評されてしまうエイムズに同情しつつ、エマは新たな事実に首を捻る。


 ──目的は研究成果じゃない。なら、動機は一体……。


「ところで、おチビちゃんは知っているの? 自分の親が死んだこと」

「ちょっ、ユニ先生!」

「言ってないの? どうせ隠したって自ずと分かることなんだから、早いところ伝えた方がいいのよ」

「ユニ先……」


 ユニの不謹慎さに我慢が出来なくなったノノが物申そうとするよりも早く、イヴが口を開いた。


「知ってるよ、お母さんとお父さんは死んだんだよね?」

「…………っ」

「でも、イヴ悲しくないよ。だって、お母さんとお父さんに死っていうぞくせいがふよされただけだもん」


 無邪気に意見を述べるイヴにノノは絶句し、ユニは楽しそうに口笛を吹いた。


「これはこれは」


 エマはというと、イヴの頭を撫でて酷く優しい声音で語りかける。


「その価値観は魔術師としては優秀かもしれません。ですが、自分自身の死に無頓着ではいけませんよ。死が持つ恐怖を、冷酷を、絶望を──貴女は知らなければなりません」

「………………」


 イヴの表情が凍りつき、大きな瞳に恐怖が宿った。

 その表情を確認してからエマは満足したように微笑んで、


「では、イヴちゃんを頼みます。ほら行きますよ、ノノちゃん」

「は、はい」


 ノノは膝の上で固まっているイヴをユニに渡してから一礼して、部屋を出ていったエマの後を追う。

 出て行く背中を見送ってから、ユニはイヴを撫でながら苦笑いを浮かべた。


「こんなおチビちゃんにも容赦ないなぁ。トラウマになったらどうするのさ。ねえ?」

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