死神は安楽椅子探偵になれない
栗槙ねも
case1.愛しのホムンクルス
case1-1 『死神とメイド』
帝国が統治する広大な領土。
辺境に位置する小さな町の近くには巨大な森が広がっている。
森の中を少し進むと丁度
テラスにはロッキングチェアが置いてある。
室内は陽の光が差し込み、温かみのあるのんびりとした雰囲気が漂っていた。
木材のテーブルと椅子が二つ、それからソファー。本棚には様々な本が規則性を持って並べられてある。暖炉も設備されていた。
整理整頓され、掃除が行き届いており埃ひとつない。
そんな快適な空間に、突如として悲鳴に似た声が響いた。
「エ、エマ様! 大変です!」
飛び込んで来たのは、本能を沸騰させるほど美しい少女だった。
身長は百五十センチ後半。
黒を基調としたエプロンドレス、スカートの丈が短く、背中が大きく開いた特殊な造詣のメイド服が扇情的な肢体を包んでいた。
まるで、神が究極の美しさを追求した結果を目の当たりにしているようだ。
彼女──ノノの慌てた声に反応して、ソファーの上で横になって脱力しているエマと呼ばれていた少女がゆっくりと目を開いた。
緩い曲線を描き肩まで伸びた艶のある濡羽色の髪に煌々と輝く月を閉じ込めたような金色の瞳。幼さなさの中に危うい艶やかさが混じった顔立ち。
小柄で華奢な、女性としての起伏は残念ながら殆んどない体躯は白を基調とした服装に包まれていた。
この世の者とは思えない少女の放つ美しさは天使を彷彿させた。
「うぅん……そんな血相変えてどうしたんですか?」
「事件です! 事件! 殺人事件です!」
エマは上体を緩慢に起こして、寝癖がついたままの髪の毛を弄りながら、
「大変なことなんて起こってないじゃないですか。人が死ぬなんて当たり前のこと」
眠気眼をこすりながら、あっけらかんと言ってのける。
「もう、エマ様の超然的な価値観はとても素敵です~」
「はいはい、ありがとうノノちゃん。それで、わざわざ事件のことを私に言うってことは……」
嫌な予感がエマの背中を撫でる。
普段なら新聞の取り止めのない記事や雑誌のおすすめ料理、スポットを楽しそうに語るノノが、暗い話をしてくるのは悪い兆候なのだ。
うっとり主人を眺めていたノノは、慌てて表情を引き締めてから手に持っていた文書の内容を伝える。
「西部にあるラグドールという町で発生した殺人事件の調査依頼です」
「うわー、また厄介ごとですか。そんなのに警察に任せればいいのに、どうして私たちが調査しなければいけないんですか。探偵じゃないのに……」
「どうやらオリヴィア様が、私たちに調査させた方が早く解決出来ると進言したようでして……」
名前を聞いて、エマは面白くなさそうに舌打ちをした。
「穏やかな生活を送る部下に、必要のない厄介ごとを持ってきてくれる素晴らしい上司で私は凄く嬉しいですよ」
皮肉を言いながらエマはソファーから立ち上がり、緩慢な動きで事件現場へ向かう準備を始めた。
×××
ラグドールには巨大な採掘場があり、そこでは稀少な鉱物が採れることで有名だ。
稀少な鉱物は高額で売れる。
その為、この街には裕福な者がそれなりに多い。
今回の殺人事件の被害者は、その内の一人、否、一家だった。
待ち合わせに指定されていた警察署に向かうと、一人の青年が面白くなさそうな顔をして、エマとノノを出迎えた。
「アンタたちか? 第三皇女様直轄の特殊部隊ってのは」
「えぇ、まぁ」
「耳にタコが出来るほど噂を聞くから、どんな凄いのが来るかと思ったら子ども二人かよ。それが、俺たちより早く事件が解決出来るってか。随分と舐められたもんだな」
青年の気持ちは分からないこともない。
自分の街で起こった事件をポッと出の者に奪われたとなれば、警察としてのプライドが許さないのだろう。
この様な対応をされたのは今回が初めてという訳ではないので、エマはさして気にしなかった。──というより好都合だ。
「なら、私たちは適当に街を見ているので、警察の方で好きなように捜査してください」
「……え? は?」
「こっちは第三皇女の気まぐれで駆り出されているだけですし、やらなくていいなら大歓迎です。それに、仰々しく特殊部隊とか言われますけど、実際はただの私兵ですからね」
メンバーもエマとノノの二人のみ。
軍の組織系統にも組み込まれていない、完全に独立した部隊。
指揮権を保有しているのは第三皇女ただ一人。
まさに私兵である。
やる気ゼロの発言に呆気にとられる青年に対し、若干の焦りを浮かべるノノ。
「ちょっと、それは不味いのではないでしょうか……」
「いいんですよ、結局は事件が解決すれば。誰が解決したかは問題ではありません。さぁ、ノノちゃん、観光と洒落込みましょう」
本気で観光しようとしていたエマに、青年がストップをかける。
「待て、待ってくれ! さっきの発言は撤回するから、調査に協力してくれ!」
「えぇ……」
「すまない。少し不貞腐れていた。せっかくの皇女様の御厚意、謹んでお受けします」
何だかんだ大きい口を叩いたところで、皇女様の威光には逆らえないということか。
エマは肩を落とし、渋々調査を始めることにした。
×××
青年──ロン・オルコットの案内でやって来たのは、街外れにひっそりと建っている大きな屋敷だ。
屋敷に入った瞬間に、血の臭いが鼻を突き刺した。
その漂う臭いにノノとオルコットは思わず顔を顰めた。
臭いの元凶は、階段で事切れている女性だった。一見すると階段にもたれ掛かって座っているように見えるが、彼女を起点として大量の血が流れ階段を赤黒く汚していた。
「彼女はエイムズ夫人。とても優しい人で、街でも多くの人に慕われていた」
「それは……惜しい方を亡くしましたね」
意気消沈するオルコット、追悼の意を表するノノ。
二人とは対照的にエマは気持ちが高揚したらしく、心底楽しそうにエイムズ夫人の元に軽い足取りで近寄って、しゃがんで満面の笑みを浮かべた。
「こんにちは、エイムズ夫人」
反応は当然無い。
しかし、エマはどこか楽しそうに動かぬ遺体と戯れる。
その光景を不気味そうにオルコットは見つめていた。
「彼女はなんなんだ? あそこまで遺体と楽しそうにしている奴は初めてだ」
「ま、まぁ、あれはエマ様の性癖というか……なんというか……そうですね……ははは」
ノノは苦笑いをすることしか出来なかった。
エマの性癖が歪んでいるのは、今に始まった訳ではない。ノノは長年側にいたためエマの性癖には慣れてしまったが、初対面の人からすればやはり異常に見えるのだろう。
「まるで死に魅了されているみたいだ。エマ・ムエルテ……『死神』とは言い得て妙だな」
帝国でのエマの異名を口にして、オルコットは合点がいったかのように苦い顔をする。
警察の反応を一切気にせずに、エマは遺体から得られた情報を呟く。
「死因は失血死。心臓をひと刺しが致命傷。争った形跡はなし。……なるほど」
「何か分かったのか?」
立ち上がったエマは目を輝かせながら、オルコットに視線を向けた。
まるで大好きなおもちゃを買ってもらえた子どものようだ。
「あぁ……この芳醇な死の香り堪りませんねぇ。殺人現場ってこれだから好きなんです。オルコットさん、早く次の遺体のところに行きましょう」
「あ、ああ、分かった」
表情を引きつらせながら、オルコットは遺体のある場所──二階にある書斎に案内する。
扉を開けた瞬間に、より濃厚な血の匂いが吹き抜けた。
血を吸った絨毯の上には、長身の男性が大の字に倒れていた。
先程と同様にエマは遺体の元に駆け寄って、戯れ始める。
部屋の中は荒らされた形跡があり、ノノは犯人につながる手掛かりがないか探し始める。
「バリー・エイムズ。俺はよく知らないが、錬金術師だったらしい」
「錬金術師、ですか」
「事実のようです。確かに本棚には錬金術関連の書物が沢山あります」
「まぁ、この土地は錬金術師にとっては宝の山でしょうからね」
遺体をある程度調べ終えてから、エマは屋敷を散策することにした。
目的は工房探しだ。
錬金術師が殺されるとしたら、かなりの確率で錬金術の研究成果が絡んでくる。
研鑽する向上心を忘れ、他人から奪った成果を我が物顔で公表する……なんて愚かなことだろうか。
一階に降りて調べていると、怪しい部屋を見つけたエマはすぐにノノを呼んだ。
ものの数十秒でノノはやって来た。
驚きの速さに、最初から呼ばれるのを分かっていたのかと思うほどだ。
「この部屋、なんか妙な感じがするんですよね」
言われてノノはざっと部屋を見渡して、
「魔術的な隠蔽工作が施されていますね。解除しちゃいますね」
と、あっさり言う。
ノノは戦闘能力は全くないが、鑑定、解析、治癒といった補助面では飛び切り優秀で、エマも何度も助けられている。
ものの数十秒で隠蔽魔術が解除されると、ただの壁だったところに扉が現れた。
「流石、ノノちゃんですね」
賞賛の言葉を捧げて、扉の向こうへ。
石造りの階段を下って行くと、もう一つ扉が現れた。
扉の先にはこじんまりとした空間があり、様々な書物や霊装、使い方の分からない道具が所狭しと置かれていた。
「うわぁ、やっぱり工房っていうのは凄いですね。まるで、その人の頭の中を覗いているみたいです」
「その表現上手いですね。因みにノノちゃんの頭の中はどうなっているんですかねぇ?」
ニマニマしながらノノの胸を突く。
胸を突かれている本人は顔を赤らめているが、満更でもない様子だ。
避けようとしないのが何よりの証拠である。
「あんっ、秘密です、秘密」
「まぁ、大方スケベなことばかりでしょうがね」
「そ、そんなことありませんよっ。他にも色々考えています!」
「……否定はしないんですね」
イチャイチャしていると、急に物音が聞こえて来た。
咄嗟に警戒心を高めるエマと身を強張らせるノノ。
しかし、物音の正体を目の当たりにして別の驚きが内から湧いて来た。
「こ、子ども……?」
物陰からひょっこり顔を出した小さな女の子。
肩の辺りで綺麗に揃った髪の毛。陶器のような肌は不安になるくらい白く、とても可愛らしい顔をしていた。
安堵して二人は女の子に近寄る。
ノノはしゃがんで目線を合わせて、優しく笑いかける。彼女の笑顔はたちまち心を掴んだらしく、女の子は人懐こい笑みを浮かべた。
「こんにちは。お嬢ちゃん、名前は?」
「お母さんからはイヴって呼ばれていてね、お父さんからはホムンクルスって呼ばれていたの!」
「…………え?」
ノノの笑顔が固まる。
エマは金色に輝く瞳を大きく見開き、女の子を凝視した。
「ホムンクルス? そんな馬鹿な……」
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