私たちの小さな秘密

リリィ有栖川

小さな秘密

「おっすー」

「あ、麻衣来た! 遅い!」

「遅くないだろ」

「遅いよ! 美香がユーチューブ見始めちゃったよ!」

「佐伯またゲーム実況見てんの?」

「今いいとこー」

「ねーもーいつでも見れんじゃんカラオケ行こカラオケ」

「梨絵たち先行ってていいよ」

「団体行動の出来ん奴だな相変わらず」

「美香こう言ってるし行こ。もうあたし歌いたくて午後の授業ほとんど聞いてなかったんだから」

「柏木は柏木でダメだろ。でもまあ先行ってるよ」

「うい~部屋番後で教えて~」


 二人が教室から出ていくのを視界の端で確認しつつ、私は決して視線をスマホから逸らさない。


 いつでも見れると言われたけどこれ配信だから。アーカイブで見るのとは違うから。


 そう言い返すと面倒になるのを知ってる私は大人な対応を取るのだった。かっこいいぜ私。


 ゲームはクソドヘタだけど内容知りたいのとか、他人の華麗なプレイ見るの楽しすぎるから、面白そうと思ったゲームは全部検索して見てる。この時代に生まれて本当に良かった。


 ゲームを見るのが好きになったのは従兄が上手くてよく見せてもらっていたのがきっかけ。従兄もゲーム実況やってるから、たまに見てるけど、相変わらず上手い。たまにこっそりリクエストしてるのは秘密。


 配信が終わったのは二人がカラオケに行ってから一時間くらい過ぎた頃で、もうすっかりカラオケのテンションじゃないんだけど、約束してたし行かないってことも出来ない、んだけどちょっとだけ動画を漁ってしまう意志の弱い私。


 あ、これ昔流行ったRPGゲーム。そういえば最後まで内容見たことないや。今軽く見て、ってなるとたぶん行かなくなっちゃうから、あとで見よう。


 カバンを肩にかけてちょっと急ごうかなと教室を出た瞬間、誰かに当たった。走る前で良かった。


「ごめん、大丈夫?」

「あ、うん。平気。こっちこそごめん」

「中島さんじゃん。何してんの?」

「委員会、行ってた」

「そうなんだ。お疲れ様。じゃね」

「うん。さよなら」


 何してんのはどっちかと言うと私の方だな。まあいいや。早く合流しよ。

 えーっと部屋番号は。



 寝る前に教室で見つけた動画を思い出した。


 寝る前にスマホ見るのって睡眠の質下げるらしいんだけど、ついやっちゃうよね。明日から気を付けるから許して未来の私。


 改めて見ると飾り気のないサムネ。ていうかこれタイトル画面まんまだな。よく見つけた私。


 動画を再生すると数秒くらいタイトル画面のまま動かずに、それから声だけが入ってきた。


『あーーーー、どうも。ハイケーです。今日からこれ、やっていこうと思います。昔買ったんですけど、そのまま放置してて、昨日見つけたんで、せっかくだからと思って──』


 ちょっと低いけど、女の人の声だ。


 挨拶の後簡単にゲームの説明をしてくれて、喋りが上手ってわけじゃないけど、聞いてて落ち着く。他の実況してる人たちと違って、テンポが遅いせいかもしれない。


 再生数も多くない。でも、コメントには癒されるとか、落ち着くとか、私と同じことを感じてる人がいた。


 丁寧にキャラのセリフも呼んでくれたりして、たまに放送事故を疑うレベルで静かになったりするけど、なんか嫌いじゃないかも。

 これはいい人見つけちゃったわ。運が良いな私。今宝くじ買えば当たるかな。



 ハイケーさんの動画にすっかりはまって、見たいと思ったゲーム以外の動画もすべて見て、見れるときは配信も見ている。


 相変わらず緩い空気が漂っていて、コメントは少ないけど、全部を読んだりすることはなくて、読んだり読まなかったりしてるのが心地いい。そして読んでもらえるとちょっと嬉しい。


 ただ、なんかこの声聞いたことあるんだよね。似た声の人が近くにいるとか? 思い当たらないんだよね。


 きっと気のせいなんだろなぁと気にしていなかったある日、ハイケーさんを知って一ヶ月半くらいが経った、金曜日の午後の授業。


「あーーーー、すいません、わかりません」


 ぼんやりと古典の授業を聞いていたら、突然、その声は聞こえてきた。


 ハイケーさんの声だ。


 弾かれたように声の主の方を見ると、中島さんが座ろうとしている。


 え、ウソ、中島さん?


 声は似てるっていうか、「あーーーー」と話し出す時の声が、まるっきり一緒だ。


 え、ホントに?


 もう授業なんて聞いてられなかった。早く放課後になってほしかった。


 やたらと長く感じる授業がやっと終わってホームルームも終わって、梨絵と麻衣の誘いをおざなりに断って、教室を出ていく中島さんの後を追って下駄箱までついていく。


 なんて話しかけていいかわかんないんだけど。

 でもでも確かめたい。


「あの、中島さん」

「えっと、佐伯さん。なに?」

「あ、あのさ。えーっと、そう! 古典って得意?」

「古典?」

「うん」

「あーーーー、あんまり、得意じゃない、けど、それが?」


 確信した。間違いない。


「ちょっと、ちょっと時間いいかな?」

「え、いや、なんで」

「ハイケーさんって、中島さん?」


 順番を間違えたのは間違いない。逃げ出そうとした中島さんの腕を必死に掴んだ。


「ち、ちち違うの! いや何がって感じだけど話聞いてよ!」

「ひ、人違い、だから」

「とりあえず! ここだと目立つから! とりあえず場所変えよ! ね!」


 ハッとした中島さんが周りを気にする。私もちらっと見たが、だいぶ目立ってるっぽい。


 とりあえず二人で何気なさを装って、静かに裏門の方へと二人で足を向けた。


 裏門は使われていないから人がいない。まあ飛び越える生徒はいるけど、とりあえず人の目は今はない。


「何が、目的?」


 すぐにでも逃げ出そうとしている感じで、中島さんが私を警戒している。

 しかし目的と言われると、私は何がしたいんだろう。

 とりあえず、誤解は解かないと。


「私、ハイケーさんのファンなんだよ」

「ウソ。あんな過疎配信のファンとかいるわけない」

「いやいるし。この前コメント読んでもらったし。エキミカだよ私」

「あ、あの、最近やたらとコメントしてくるの、佐伯さんなの?」

「佐伯美香だからエキミカだよ。どうよこの単純かつ私だとわかる人はわかる最適な名前」

「あーーーー、マジか。まさか、リアルの知り合いにばれるなんて」

「なんかまずいの?」

「恥ずかしい。別に上手くもないし」

「私より数倍上手いよ? 私のゲームの腕見る? 引くよ?」

「なんで、自信たっぷりにそんなこと言えるの」

「励まそうと思って」


 中島さんが黙った。ヤバいなんか失敗したかな。バカにしてると思われてる?


「なんか、エキミカさんが佐伯さんだって、まだ信じられないけど」

「アカウント見せようか?」

「うん」

「ほい」

「……ホントだ」

「改めましてハイケーさんのファンですエキミカです。だから何かしてってわけじゃないんだけど、なんか止められなくて」

「あーーーー、そっか、佐伯さんは、そういう人なんだね」

「どういう人?」

「猪突猛進」

「そうかも?」

「そうだよ。はは」


 こっちもまだ信じられていないけど、話していると話し方の癖が一緒で、段々と実感がわいてきた。


 そっかぁ、本当にハイケーさんなんだなぁ中島さん。


「ねえ、本当に、私のファン?」

「うん間違いなく」

「じゃあ、約束してほしいんだけど、秘密にしてね」

「そんなに恥ずかしいかな?」

「私は恥ずかしいの」

「わかった。気を付けるね」

「……」

「え、なに?」

「いや、不安だなって」

「私も。ついぽろっと言いそうで」

「言ったら、罰金」

「うええいくら?」

「五百円?」

「いや安! あはは! 秘密にするよ、五百円のために」

「うん、お願いします」


 こうして、私たちの間に秘密が出来たのでした。



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