西風と夫婦喧嘩は夕限り

「ねぇ、ゼオン! ちょっと今、平気?」

「なんだ? 平気だが……手短に頼むぞ」


「ちょっと買物に付き合ってくれない?」

「荷物持ちはゴメンだが……」


「……」

「肯定の沈黙か? おい……睨むのはやめてくれ」


…………ちっ

「ん? 舌打ちしなかったか?」


「えっ! そんな訳ないわよ!意外と地獄耳よね

「まあ、俺も用事があるから一緒に行くか」


「よく聞こえなかったから、もう一度言って!」

「……。俺も用事があるから一緒に行くか……」


「キャーッ! デートね! ねっ!」

「何で……もいぃ……。と、と……り……ぁぇず……グビがら……デを……離ぜ……っ」


「あ! ゴメン! ゴメン! ついつい興奮しちゃったわ!」

「ハァハァハァ……っ! おいっ! 危うく地獄の番犬と闘うところだったぞ!」


「気にせず買物よ! さあ、行くわよっ!」

「先が思いやられるな……」



◇◇◇◇◇◇◇



「ゼオン! この袋持って! あと、こっちも!」

「なんだ! やっぱり荷物持ちじゃないか!」


「私の物は私の物。そして、私の物は夫であるゼオンの物! つまり、その荷物は私の物であると同時にゼオンの物よ! 自分で持ちなさい! あ、でも私の物だから大事に運んでね! 落としたり雑に扱ったら血祭りよ!」

「おい! 何を言ってるのかさっぱりだ! 分かりやすく言えっ!」


「黙って運んで!」

「だろうな……」


「ほら、ほら! 休憩に珈琲ご馳走してあげるから! どうせまた金欠でしょ?」

「俺はヒモじゃないぞ……」


「ほら、前をしっかり見て歩かないと迷惑よ! 人にぶつからない様に気をつけてね! その袋の中身は割れ物だから注意して……って言ってるそばからっ!」

「おっと。肩が当たったのか? それは、すまんな」


「ちょっとゼオン! 話を聞いてるの!?」

「いや、まずぶつかった相手に詫びるのが先だろ?」


「私でしょ! わ・た・し! 人の物を壊しておいて謝らないの? そこまでひどい人だとは思わなかったわ!」

「これだけ人に物を持たせておいて、その言い草はなんだ!」


「ゼオン! 私への愛はそんなものだったのかしら! ひどい! ひどいわっ! やっぱり、この身体とお金が目当てなのね! ケダモノっ! 変態!!」

「おいっ! 街中で変な事を叫ぶな!!」


「え? 何? いま取り込み中なの! ぶつかったのはあっちよ!」

「何だ? もう、謝ったろ? 肩がぶつかった位でガタガタ抜かすな!」


「服が汚れた? 知らないわよ!」

「あ? 弁償しろだと?」


五月蠅いわね……顔面に肘打ちが炸裂!

俺はすこぶる機嫌が悪いんだ!頭突! 顔面に正拳突き!


ゼオン! どうしてトラブルを起こすの!雷光弾! 雷光弾! 雷光弾!

知るかっ!鉄拳! 鉄拳!


「あれ? 静かになったわね?」

「だな。泣きながら帰っていったな」


「何を揉めてたんだっけ?」

「……恐ろしい思考回路だ……」


「あ! 私の珈琲カップを割ったんだわ!! 二度目! 二度目よ!」

俺が悪かった……すまん!」


「一度目は、私がよそ見してゼオンにぶつかった時に落としたんだっけ?」

「そうだ! けれど、俺が怒られた……」


「お気に入りだったから……うふっ!」

「ノア……『うふっ』で済ませるな!」


「ごめんなさい!」

「ん?! ……天変地異でも起こるのか……!」


「人が素直に謝ったのに!」

「驚いたからな……つい。それより、俺の用事もいいか? そこの店なんだが」


「仕方ないわね、いいわよ。――!!! えっ!」

「あの時、ノアが大部落ち込んでいたからな。少し心配になったんだ。新しい珈琲カップを贈ろうと思ったが……好きなもの買ってくれ」


「…………!!! 嬉しい!」

「おい! 何も泣くな!」


「ゼオンが私を想ってくれたことが嬉しいの!」

「そ、そうか……。とりあえず、選ぶか!」


「これを二つ! お揃いよ!」

「いや、俺はいらな……これにするか!!」


「ありがとっ! (前の珈琲カップも、ゼオンがくれたのよ。覚えてないわよね)」

「もう夕方か……。飯でも食って帰るか!」


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