第11話 挑戦者
「あー、腹減ったなー。でも金ないんだよなー」
「金は貸さんぞ。というか一昨日の分を返せ」
「ぬぅ……仕方ない。大食いチャレンジでもして稼ぐか!」
「そんなノリで挑戦して失敗しても知らんからな」
俺と友達の
それが今では、完全武装してヘドロまみれのような気色の悪い戦場に立っていた。
エンカウントが発生したのだ。今の世の中では、こんなにも簡単に日常が切り替わってしまう。そんな異常にも、だんだん慣れてきている自分が恐い。
俺は簡素な鎧に剣と盾という、割とよく見る装備品を身に付けているが、ナベは三つ又の槍という珍しい武器を持っている。
没個性な俺には羨ましい特徴だ。
俺達の他には四十代頃のおじさんと二十代頃の男女の三人組がいた。金属や革の鎧に、木製っぽいハンマーや刃の分厚い刀。今はそんなファンタジー風味の装備に身を固めているが、元はサラリーマンとOLのような格好をしていた人達だ。
彼らに怯えは見えず、落ち着いている。頼りになりそうだった。
「五人でもまあ、なんとかなりそうだな。……って、ナベ?」
「……」
横を見ると、ナベの様子がおかしい事に気づいた。神妙な顔で黙りこくっている。
何かあったのか。俺は心配しながら問いかける。
「おい、どうかしたのか?」
「……なあ、あの魔物さ……」
「うん?」
ナベの言葉に、今回の魔物を確認する。
それは巨大な蟹みたいな姿をしていた。人の体を挟んで簡単に引き千切りそうな大きいハサミと、頑丈そうな殻を持っている。
見るからに厄介そうな相手だった。
……のだが、ナベの方は全く違う感想を抱いたらしい。
「食ったら旨そうじゃね?」
「……何言ってんのお前」
俺はひきつらせた顔と冷たい声で対応した。正直、若干引いていた。心配を返せと言いたい。
そんな俺をよそに、ナベは異常に高いテンションで馬鹿な意見を主張してくる。
「蟹だぞ、蟹! 俺大好物なんだよ! あんなのいたら食うだろ普通!」
「いや、蟹っぽいだけで蟹じゃないだろ! 魔物だぞ! 食える訳ないだろが!」
「おいおい、魔物だからって食えないとは決まってないぞ?」
「食えても絶対体に悪いから止めとけって!」
「もし何かあっても元の世界に帰れば全部戻るだろ? だから平気だって」
「おい、マジか? 正気か? 腹減りすぎておかしくなってんじゃないか!?」
「安心しろ! 俺はいつだって本気だぜ!」
ナベは説得に応じるどころか、親指を立てて意味の分からない事を言い出す始末。頭を抱えたくなった。
コイツ、ここまで馬鹿だったか?
……うん、食べ物が絡むとここまで馬鹿だった。
「クソッ、ラチがあかねえ……っ! ……すいません! この馬鹿説得するの手伝って下さい!」
一人での説得は無理だと判断し、俺は援軍を求めて道連れである三人へと呼びかける。彼らにとっても死活問題になるから面倒でも手伝ってくれるだろう、と期待して。
彼ら三人はしっかり俺達の話を聞いていたようで、それぞれの意見を口にしていた。
「少ない小遣いを気にせず贅沢が出来る……? ゴクリ」
「アレルギーの俺でも蟹が食える……? ゴクリ」
「太る心配せずにいくらでも食べられる……? ゴクリ」
「あれえ!? 俺の方が異端!?」
更なる敵の増援に、今度こそ俺は本当に頭を抱えた。
どいつもこいつも思考回路がおかしい。いや、もしかしたらおかしいのは俺の方だろうか。それとも世界がおかしいのか。
俺が真剣に悩む一方で、仲間を得たナベは喜んで三人組に近づいていく。
「だよな! おっさん達もそう思うか! 一緒に食おうぜ!」
「うむ、少年。協力しようではないか」
「その発想、もしかして君は天才っすか」
「成功したら君は恩人ですね!」
「お前、この人達と親戚かなんかか!?」
奴らは完全に意気投合していた。
もう手がつけられない。いくら説得しても無駄だと確信できてしまう。
初めは頼もしいと思ったのに、どうしてこうなった。
しゃがみこんでうつむく俺に味方はいない。
そして戦いが始まる。
四人組はナベを先頭にして獲物へと突進していく。そいつらの武器がデカいフォークや包丁に見えたが、断じて俺のせいではない。
「やっぱり狙いは一番ぶっとい脚だな!」
「ふん、まだ若いな。蟹味噌の味を知らんとは。だが、まずはその案に乗ろう!」
「いやあ、楽しみっすねぇ」
「本当なら鍋にしたいんですけど、生で我慢しますか」
奴らは相変わらずおかしなテンションのままで戦闘に突入した。
凶悪なハサミを避けつつ、攻撃を一本の脚の付け根に集中。それぞれの武器で、突いて、切りつけ、叩く。その脚を切り落とそうとしているらしい。
魔物の背後に回ったり互いの隙を補い合ったりしており、未だ被害はほぼ無い。立ち回りは見事なものだ。目的はともかく。
ただ、やはり殻は頑丈で、てこずっているように見えた。
「あー……クソッ。見てるだけとか最低じゃねえか……」
自嘲の呟きを漏らし、俺も遅れて戦闘に参加する。あくまで戦闘に、であり馬鹿な挑戦への参加ではない。
だから「仲間になりたいのか?」みたいなキラキラとした顔を集中されても、答えは「いいえ」だ。そもそも俺の方はそんな目を向けた覚えはない。
俺は俺のやり方で戦う。
向かってきたハサミに、横から盾をぶつけて弾く。考え無しに突撃するナベをフォローし、防御に徹する役目を請け負った。
他がどうだろうと、俺は普段通り。地味な仕事が性に合っているのだ。
そのおかげで食いしん坊連中は脚への攻撃に専念できている。そう考えると複雑な気分になって落ち込みそうになるが、気にしないよう努力する。
やがて数分後。奴らの方がしていた努力は、キチンと結果となって表れた。
「おしっ! 手応えあり!」
トライデントが脚の付け根に突き刺さり、遂に殻の砕ける音がしたのだ。
だが、完全に砕くまでには至っていない。むしろ槍が抜けなくなってしまった。
武器を失う、危険な状態。
「そのまま! あとは任せるっす!」
それが、上手く活用される。
若い方のサラリーマンがハンマーで追撃。金槌で釘を打つように、ナベの槍を叩いて押し込んだ。
乾いた破壊音がし、槍は貫通。
とうとう胴から脚を一本切断した……してしまったのだった。
戦利品を拾い、真上に掲げたナベが歓喜の雄叫びをあげる。
「うおぉぉー! やったぞー!」
「言ってる場合か! 危ねえぞ!」
俺はツッコミつつ、警告。
ナベの背後にはハサミが迫っていた。脚を持つ為に武器を手放しているので、防御は出来ない。
俺は俺で、反対側のハサミと格闘している。
馬鹿なせいで生じたピンチ。馬鹿な失敗では済まない危機。
そこに、大きな影が飛び込んだ。
「せええぇいっ!」
気合いのかけ声と硬質な音が響く。
ハサミは分厚い刀にぶつかった事で、ナベから逸れた。友達の無事に俺は密かに安心するが、色々と気恥ずかしいので表面には出さない。
魔物の攻撃を叩き落としたのは、一番年上のおっさんだった。
「行けい少年よ! ここは私達が抑える!」
「一口目の権利は君のものっす!」
「後で必ず、合流しましょう!」
「おう、恩に着る! そっちは任せたぜ!」
「ノリノリだなお前ら!」
奴らはどこかで聞いたような格好い台詞を口にしてきた。もっとも、格好いいのは台詞だけなのだが。
援護を受けたナベは蟹っぽい脚を抱えたまま、魔物から離れた安全な場所へ移動する。
そこでいよいよ、実食。
今更だが、本気で食べるつもりらしい。改めて引いた。
だがナベの方は神妙な顔で、蟹に近いものの脚をジッと見ていた。食べるのを躊躇っていると思いたいところだが、実際は「醤油でもほしいなー」とでも思っているのだろう。
やがて味付けを諦めたのか、殻の切断面から身を取り出す。それを再びしばらく眺め、そして口に運んだ。
その様子を、三人も俺も注目していた。戦闘を続けながらも、チラチラと視線を送る。
三人は味が気になるのだろうが、俺の方は友達の体を心配しているのだ。だから「やっぱり気になるのか? ん?」と言いたげな目は止めてほしい。
妙に長く感じられた時間が過ぎ、ふざけた緊張感が満ちる。
そんな中、突然ナベは叫んだ。
「マッッッッッッッッッズ!!!」
淀んだ空へと響き渡る絶叫。笑わせたいのかと言いたい程に大きく歪んだ表情も、味の感想を表現していた。漫画みたいに大袈裟なリアクションだった。
魔物はやっぱり食べられない。
俺が思っていた通り、馬鹿な挑戦は失敗に終わった。当然の結果だ。
その当然な結果を馬鹿に教えてくれた不味い蟹が、地に沈む。
「なんだつまらん」
「ガッカリっすね」
「あー、食べたかったのになー」
さっきまでの熱狂は何処へやら。
テンションを落とした三人が、用済みの魔物に容赦なくトドメをさしたのだった。
それから元の世界に戻り解散するまでの流れは非常にスムーズだったのだが、それは三人組の変わり身が言葉も出ないくらいに鮮やか過ぎたからだ。
横で馬鹿が落ち込んでいるが、それは知らん。
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