あなたの望む記憶、創ります。

あなたの望む記憶、創ります。

作者 夏希纏

https://kakuyomu.jp/works/16817139557781607666


 相手が望む記憶に改竄する夢屋の仕事をする響は、恋人を無差別殺人事件でなくした宇納連から、一番楽しかった記憶を思い出してもらい、記憶を鮮やかにすることで生きる力に変えさせた話。


 現代ファンタジーかしらん。

 発想が面白い。

 シリーズ物にしたら面白い作品になりそう。


 主人公は、記憶を望むものに捏造する夢屋の家業を継いでいる学生の夢屋響子、偽名は《響》、一人称私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。前半は仕事の内容の説明、後半は依頼主とのやり取りで構成されている。


 それぞれの人物の思いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの書き方をしている。

 主人公の夢屋響子は、恨まれることも少なくないのに《響》の偽名を名乗ってまで相手の記憶を望むものに無償で捏造する夢屋の仕事をするのは家業を継ぐため。

 はじめにいくつかの質問を行うカウンセリングをするのは、答えなければ依頼主の願望全てを具現化してしまうおそれがあるため、改竄する記憶の範囲をはじめに設定する必要がある。

 だがこの日訪れた客、宇納連様は黙っていて話してくれない。ようやく口を開けて「恋人との記憶を、ひどいものにしてほしいのです」とつぶやいた。

 宇納は大学二年の春、高校時代から片思いで綺麗で性格もいい柊美鈴に告白、付き合うことになる。半年後の彼の誕生日の日、無差別殺人事件に巻き込まれて亡くなったという。

 事件にあった日、自分おプレゼントが握られていたという。自分さえいなければ事件に巻き込まれなかったと責める彼は、楽しかった思い出をすべて消してひどいものにしてくれとお願いする。

 夢屋の仕事は、本人が望む記憶へ書き換えること。彼は本心では書き換えを望んでおらず、書き換えることができなかった。

 帰ろうとする彼を呼び止めた主人公は、夢屋の能力を諦め、人としてできることをしようと、「宇納さんが思い描く、恋人とのいちばん楽しかった記憶を思い出してください」とお願いする。

 思い出す彼の記憶を鮮やかにすることで、彼から暗い表情が消えていく。「すみません。こんなあたたかい記憶、捨てることなんてできません。……もう一度、頑張ってみます」笑顔を浮かべて部屋を出ていく彼を、響は小さく手を降って見送るのだった。


 お金を貰わず家業として成り立つのかしらん。

 副業、あるいはボランティアみたいなものなのだろう。

 だからといって「恨まれることは少ない」のだから、お金を取っていいと思う。無償にするから変な輩もやってきてしまう。

 なので、金額設定をすればいい。変な客は来なくなり、客を選別でき、恨まれることも減るだろう。

 無償なのに、「客の大抵は金に物を言わせて夢屋にアクセスできただけの成金だ」とあり、モヤッとした。

 ということは、仲介業者が金を取っているのだ。

 夢屋としてはお金は取らないけれども、紹介料を取る仲介業者が存在し、大金の一部を税金を納めるみたいに、夢屋に「お布施」という形で渡している。

 あるいは仲介業が本業で、たくさん仲介する中の一つに夢屋もあるのだろうか。

 なんにせよ、広い家屋敷を維持するためにも一定額の収益が入る仕組みがあるに違いない。

 

「自分の暗い過去を消して、人生のすべてを幸せな記憶で満たしてくれと言う」を読んで、芸能人がゴーストライターに自伝本を書かせては過去を捏造したり、選挙に立候補する人が過去の経歴を詐称したりして出てくるなどが思い浮かんでくる。

 意外と需要があるかもしれない。

「整形したキャバクラ嬢が『元からこの顔だったことにしてくれ』と言うこともあったか」というのも、夜の営みをするときに相手の顔を好きな芸能人などの顔を思い浮かべる人がいるという話を聞いたことがあったのを思い出し、これも需要があるかもしれないとしみじみ思ってしまう。


「たまに客の自殺報道が流れることもあるから、副作用も含めて私の存在は薬物じみている」と自己分析している。

 記憶の捏造や改竄は、その人の中だけで起きていることであり、現実は変わるわけではない。自分はエリートだと思いこむのは結構だけどそうじゃないよと現実を突きつけられたら、幻滅してしまうのも想像できる。

 医師免許をもっていないのに医者だと名乗って医療行為したり、すでに政治家でない人が政治家特権のパスポートで電車のタダ乗りしたり、そういう事件があったことを思い出す。

 あるいは殺人犯が、自分がやっていないようにするために記憶の改竄を依頼し、嘘発見器でもパスでき、つねに自分は無実だと言い続けれたとする。でも物的証拠や、犯行現場の指紋など、あきらかに犯人はその人だと示すものがあれば、言い逃れはできない。

 理想と現実とは、いつも乖離しているものなのだろう。

 

 自殺のきっかけに自分が関わっていると知りながら、記憶の改竄を続けられるのは、主人公の彼女は図太い性格か、頭ではわかっていても深く関わらないよう割り切っているか、自分の記憶を書き換えているのかしらん。

 宇納とのやり取りで「夢屋の能力で記憶を書き換えることができない。ならば人間としてできることをやるまでだ」と主人公の響は心のなかでつぶやいている。

 なので、仕事は仕事として割り切って記憶の改竄をしていると思われる。どうやら彼女はプロ意識をもって仕事をしているようだ。


 自殺者が出たとき、類似する自殺案件から夢屋の関与がでてきたら、警察が調べに来ると思われる。夢屋は、怪しげな新興宗教の類としてマークされるかもしれない。

 だけど、警察の記憶を改竄し、夢屋は関わりないとしているのではと想像する。そういうことをしているから、これまで長く家業として続けられているのだろうと邪推しておく。


 記憶の改竄を望んでいない宇納に対して、人間として接し、一番楽しかった思い出を思い出してもらい、「美鈴さんとの楽しかった思い出を鮮やかにする」ことで、生きる強さに昇華させる発想はすごい。

 人として聞いて、夢屋の能力で記憶をより鮮やかにしたのだろう。

「宇納さんの表情から暗い部分が消えてゆき、目に光が灯る」変化が早く訪れているから。

 記憶の修復みたいなものかしらん。

 

 人が嫌な思い出を抱えてしまうのは、嫌なことをくりかえし思い出して記憶の定着をするから。。反省しなさいと言われ、嫌なことやダメなことばかり思い出そうとするのは誤りである。

 反省とは、上手くいったことを思い出すことであり、できなかったことはどうしたらできるようになるのかを考えればいいだけ。

 なので、主人公の響がとった対応は正しい。

 ただ一つだけ、懸念が残る。

 宇納はなくなった彼女との一番楽しかった思い出を糧に生きることができたが、死んだ彼女を忘れられず、一生独身で終える可能性が高い。

「きっとその中に、宇納さんを立ち直らせる言葉だってあるはずだ」と主人公の響は思ったとある。

 そもそも好きな人と一緒にいるときは、いつまでも一緒にいようとか、これから二人でどんな未来を描いていこうかとか、前向きな話をしているはず。彼女ありきの話しかしていないに違いない。

 きっと宇納は死んだ彼女を忘れられず、いつまでも過去の記憶に囚われた挙げ句に自殺してしまうのでは、と心配になる。

 記憶は記録ではないので、消費期限があると思う。

 夢屋の記憶改竄の期限も、三年くらいで薄れていってほしい。


 読み終えてタイトルを見て、記憶は創られるのだと思い至る。

 だからといって、創るのは彼女ではなく、望む本人。彼女はその手伝いをするに過ぎないのだ。

 それにしてもどうやって記憶の書き換えをするのかしらん。

 超能力の一つ、念写の応用かもしれない。

 超能力がつかえる家系に、夢屋響子は生まれた子なのかも。あるいは家屋敷の建っている場所が、神がかり的な力場が発生する土地にある可能性も考えられる。

 シリーズ化できそうな、面白さを秘めている。


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