眠る君は龍の花

眠る君は龍の花

作者 D.G.SKY

https://kakuyomu.jp/works/16817139556719635122


 半世紀ぶりに目覚めた龍の竜舌は「天涯孤独と思われた五年間昏睡状態にあった少女には、毎日見舞いに来てくれていた彼氏がいて、最後に愛の言葉を交わして永眠する」夢を見ていた物語。


 タイトルから、龍にとって眠る君は花、可愛がって愛でている存在ということかしらん。

 見せ方や描き方にこだわった作品。


 三人称で、半世紀の眠りから覚めた竜舌という名前の龍視点と事故で天涯孤独となって五年間眠り続けてきた二十三歳の女性視点、神視点で書かれた文体。冒頭の一部に一人称らしい書き方がされている箇所は、龍・竜舌の自分語りと思われる。

 竜舌は人間の意識に入れるらしく、昏睡してきた女性を定期的に見ていたようなので、三人称で書かれたように読めるのだけれども、一貫して竜舌視点で物語が進んだ作品ともいえる。

 比喩と説明のあいだに少女の思いが挟まれ、夢と回想でできている。詩的描写、表現がみられる。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 少女が高校生になった十五歳の春、二歳年上の先輩と出会い、互いに一目惚れで恋人となり付き合って二年後、伏間葉山小屋爆破殺人事件に家族ともども巻き込まれて彼女だけが生き残るも、五年間も昏睡状態が続いていた。

 目をさました少女は徐々に意識がハッキリして、感覚を取り戻していくも、寝たきりが長かったので衰弱していた。

 このまま死ぬのだと思ったとき、手を握るぬくもりを感じ、「毎日来てた。僕だよ」と書かれた文字を見て、恋人だと思い出す。

 彼と過ごした日々が甦る中、彼の「あいしている」の言葉に涙し、彼女は「ありがとう」と言葉を残して永眠する。

「ゆっくりお休み」と彼はつぶやく。

 そんな深い夢を、半世紀も眠り続けていた竜舌はみていた。


「鯨のような深い夢を見た」ところがモヤッとした。

 イメージしづらい。クジラがどんな夢をみているのか、わたしたち凡人である人間にはわからないので。

 おそらく、視野が広くて人の一生よりも長い大きな生物がみる夢は、人間がみる夢よりも人智が及ばない壮大な夢にちがいないので、人知を超えた巨大な龍もおなじような夢をみたことを示唆したいに違いない。

 つまり、ここで書かれているのは、龍・竜舌の独白みたいなものだろう。

 龍は体が大きいから、自分が見た夢をたとえるならクジラみたいな夢だったよと、語っているのだ。


「鯨のような深い夢を見た。重力に逆らうこともできず、次の景色へと落ちていく。騒がしい商店街から、音も無い鍾乳洞へ。息を止めて、ただに落ちていく。ふと、光に辿り着いた。だが、ずっとそこに存在していたかのような憧憬。私の落下は終わった。後は、消えるだけ。でも私は消えない。『消えることができない』。まともに数えきれない苦痛の中でまだ、光を泳ぐのだ」


 竜舌は商店街を知っており、人間世界に精通しているのがわかる。

 夢をみながら、人間の意識の中に入れるらしい。

 入った先の女性が、爆破事件に巻き込まれて家族をなくして天涯孤独となり、五年間眠り続けていた。


「病室はいつも静かだった」とある。

 つまり竜舌は、定期的に女性を観察するように、意識を降ろしていたのだろう。

 なので読者は、竜舌の視点を借りながら、昏睡していた女性をみているのだと推測する。

 五年ぶりに目覚め、彼女の感覚までも共有しているから、「色だけでなく音も、彼女は失っていた」などもわかるのだろう。


 やがて彼女は目を覚まし、

「きっと、もうすぐ死ぬんだろう」

 これは、竜舌の感想かもしれない。

 だとすると次も、

「この覚醒は、最後の力を振り絞って為し得たのだと、私は気づいている。これは、最後の時間」

 竜舌の考えかもしれない。

 でも、

「あれ、私の名前って何だっけ」

 これは女性の考えだと思われる。

 ひょっとすると、竜と女性の意識がシンクロしていて、竜が考えることで女性も考えていき、

「あれ、私の名前って何だっけ」

 ここで、女性の意識がはっきりしたのだと推測する。

 おそらく、竜舌が女性の意識に定期的に入ってきたから、五年ぶりに覚醒できたのだ。


 目覚めたあとは、女性視点で物事が進んでいく。

 手のぬくもりから、恋人のことを思い出し、出会いから楽しかった日々を回想していく。


 先輩は、道端に咲くハルジオンをみつめる女性に「その花、君みたいだ」と声をかけている。

 ハルジオンの花言葉は「追想の愛」であり、過去の恋愛を思い出してしのぶ、という意味。

 過去の愛を思い返してうなだれている人のように、ジッと耐え忍んで待って考えているように見えることから「追想の愛」という花言葉がつけられている。

 先輩は、彼女がハルジオンをみていたとき、うなだれるようにみていた様から、「その花、君みたいだ」と声をかけたのだろう。


 彼女は「自信が無くて、刺激の無い高校生活を送ってた。私は刺激から逃げてた」とあるので、みんなが夢を抱いて入学する中、彼女はうつむいていてめだったのかもしれない。


「二週間に一回、日曜日の午後に二人でカフェに行った」

 デートだと表現しない所が良い。

「彼は決まって最初の一口、アイスクリームを一口私にくれる。その甘さは、羽根が生えそうなほどの幸せを私達に与えてた」幸せを表現するところに現実味を感じる。

 読者は想像も共感できるし、主人公の彼女自身もまた生を実感できる、一番嬉しい瞬間だ。

 

 彼の、あいしているとの言葉に、ありがとうと返している。

 自分が死んでいくのがわかっているから、ありがとうなのだろう。

 死なないなら、「私も」と返すと思われる。


「ゆっくりお休み」と先輩の声は、「龍にも届いただろう」と終わっている。ということは、彼女にも先輩の声は届いたのだ。

 天涯孤独とおもっていたけれども、好きな人に看取られて死んでいったのだ。

 物悲しい夢をみおえて、竜舌は目を覚ましたのだ。

 だから目覚めたとき、「天を睨み地を掴」んで、やり場のない悲しみに浸ったのだろう。


 竜舌が定期的に、彼女へと意識を下ろしていたのなら、見舞いに来ている先輩に気づいていたと思われる。

 気づいていても、彼女は寝ているので、伝えようがないしどういう関係なのかも竜舌には分からなかったにちがいない。


 半世紀も竜舌は寝ていたので、五年間昏睡だった彼女以外にも意識を下ろす先はあったと思われる。

 けれども、寝ている状態でなければ龍は意識を下ろせないのだろう。

 だから、もし他にも意識を降ろせる人がいたならば、長い期間昏睡状態でなければならない。

 そいう人は、滅多にいるものではない。

 だから、半世紀も眠る龍にとって、五年間も昏睡状態にあった彼女は「龍の花」だったのだ。


 どうしてこういう話を書いたのかしらん。

 死んだ人の記憶や思いは、クラウドみたいに、龍となって永遠に残ることを描きたかったのかもしれない。

 死んだらなにもかも残らず消えてしまうことに、さびしさを感じたのかしらん。


 よく考えてつくられている。

 こだわりを強く感じる。

 好きな人が死んでしまうただの悲恋に、龍の視点を交えたひねりのある作品に仕上げてるところが素晴らしい。



 

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