空寂の旅

空寂の旅

作家 戦ノ白夜

https://kakuyomu.jp/works/16817139557430549262


 空に憧れた翔が竜に出会い、永遠に空を飛び続ける話。


 現代を舞台にした、昔話みたい。

 昔話なら、竜の背中から落ちて助かるオチをつけて、知らない人についていかないようにしよう、と教訓を残すかもしれない。

 なので昔話ではない。

 別の思いが作品に込められているのだろう。


 三人称で神視点と主人公の翔視点で書かれた文体。主人公が見聞きし、なにを思い、どう考えているのかが綴られている。空の描写にこだわりを感じる。また、自然現象の空と仏教用語の空が用いられている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 生まれ変わるなら鳥になりたいと願うほど、空に憧れる少年翔は土曜日、空の写真を一日中撮るために高台へ上る。

 目の前に青空色の竜があらわれ、少年は背中に乗せて空を飛びたいとお願いする。

「ならば俺と来るか、少年。地を捨てるか」と問われてはいとうなずき、少年は竜と空を飛ぶ。

 そろそろ帰りたいというと、「愚か者め、空の旅は途中下車できんぞ。これがお前の望んだ世界だ、望みが叶ってさぞ幸せだろうに? ハッハッハ、お前も呪われているのだ。飢えもせず老いもせず、俺と永遠二人旅だ、ハッハッハッハ」と竜に笑われ、永遠に空を飛び続けるのだった。


 少年が空に憧れている、空が好きなところは、多くの読者も共感できる点だと思う。

 そんな主人公をえらんだ所に、本作の良さがある。

 そんな空を見に行くのに、「電気の付いていない廊下は、少し暗い。四階から更に上へと続く階段を登」っていかなくてはならない。

 四階について、二回もふれている。

 四は死を連想させるので、冒頭からすでに不穏な気配がしている。

 ラストのオチを読者にほのめかしてくれているのだ。


「持ってきたタブレットの電源を入れてカメラを起動し、上空を映したが、画面に映るのは薄っぺらい青色でしかなかった」

 このあたりに現実味を感じる。

 空を撮ったことがある人ならわかるとおもう。

 雲も何もない、真っ青な空をとっても、実際の目で見た空の感動がうまれないのは、写真入してしまうと『空色』の色彩サンプルをみたいになるので、綺麗さが損なわれてしまう。

 空をとるなら、ジャマだと思える雲や建物をちょっと入れて比較できるよう変化をつける必要がある。


「地震があったときの避難場所である高台」とある。

 けれども本来、高台は津波が来たときの避難場所として作られたもの。竜は水の化身なので、津波を暗示している。

 本作は、高台に逃げたけれども津波に飲まれて助からなかった子供を供養するような作品なのでは、と邪推する。


 地上と空を、生と死にわけて考えると、空は死である。

 なので、少年は死に恋い焦がれている。

 なぜか。

 おそらく、少年はすでに死んでいるのだ。

 死んでいるけれども、本人は気づいておらず、憧れることで、本来どこへ行くべきかを示唆しているのだろう。

 少年以外に、人が他に出てこない。

 彼の母親が「そんなに空が好きなら名前も空にしてあげればよかったわね」と口癖のように言っていただけで、その姿はない。

 竜は死んでいる人を連れて行く役目を与えられたから、生者のいる地上に下りられなくなったのだろう。


 タイトルに空寂の旅とある。

 空寂とは、万物は実体がなく空なるという仏教の教え。

 空とは、エンプティーであり、インフィニティーでもある。

 人が死んだら空へのぼり、西の果てにある浄土へ旅立っていく。

 だから少年は、竜から下りられない。


 私たちが空に憧れるのは、自由を空に求めるから。

 でも、空には道がないだけで、地球の衛星軌道を永遠にまわり続ける姿は、自由さからは遠く、監獄そのもの。

 それでも人は空に恋するのは、誰かを思ってのことだ。

 死んだ人や同じ空の下にいる人を思って見上げるのか、かつての自分や友達などにも思いを馳せる。

 そんなとき、ふと空を見るのだろう。

 手が届かないからこそ、私たちは空に様々な理想を抱くのだ。

 

 お盆に読んだせいなのか、空を見上げてしまいます。

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