あの世行きの電車は、2秒後。
あの世行きの電車は、2秒後。
作者 夏希纏
https://kakuyomu.jp/works/16817139556496155492
夏、十七歳の通信制の女子高校生が最寄り駅で自殺を図ろうとするも、スマホに届いた友人からの遊びの誘いを受けて、死ぬのを止める話。
人身事故で遅延した場面に遭遇した経験がある。
電車を止めて、警察が来て実況見分もするし、遺体を片付けるけど、状況によってはスプラッター状態でミンチになっている場合もある。片付けても肉片とか血とか……残ってるんですよ。ホームから見えるんですよ。綺麗に洗浄できたらいいのですけれども、完璧とはいかない。
その時の状況にもよるでしょうけど、事故があった時は反対車線も止めるので、事故が起きていない路線でも遅延が置きてしまう。
そうそう、大阪行きでしたね……。
なので、私にとってはかなり現実味のある話でした。
主人公は十七歳の通信制の女子高校生、一人称私で書かれた文体。自分語りの実況中継、内面を吐露している。描写より説明より。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
死にたいと願いながら七年たった夏、人生を終わらせる覚悟を決めた主人公は、最寄りのJR駅のホームにいた。
スマホに「両親への感謝、次に友人への感謝、その次に死にたい理由と自死を選ぶことへの謝罪」の遺書を書き留め、手帳型スマホケースのポケットに通信制高校の生徒証を挟み、暗証番号の入力なしでスマホを操作できるよう設定、十時ちょうどの、大阪へ向かう普通列車が来るのを待っている。
飛び込むタイミングの二秒前に、椅子の上に置いたスマホが振るえた。
確認すると、グループラインに投稿された小学校時代からの友人からのメッセージ、遊びの誘いだった。死にたい気持ちはどこかに行ってしまった。
返信するとすぐにメッセージが返ってくる。問題は何も解決していないのに、死ぬほどじゃないかと思えてくる。他の友人からも『あたしも暇。みんな通信制だし、明日からでも遊びまくろうぜ』と乗ってきて、明日の予定がカラオケに決まり、駅を立ち去る。
「電車で自殺するのはいい」と書き出されている。
いや、よくないよ。
「遺体処理をするための環境(例えば終電など、暗くて処理が難しそうだ)と巻き込まれる人数(ラッシュ時に飛び込めば、私を憎む人も大勢現れるだろう)を考え、十時の電車に飛び込むのが正解だと結論づけた」
夜だろうと昼だろうと遺体処理をする内容、大変さは変わらない。
朝の十時も、ラッシュ時にくらべたら少ないけれども、利用客は多い。いろいろな業種、シフトがあり、店の営業時間ラストまで働くために朝一出勤ではなく、少しあとに出勤する人もいる。少なくなるのは午後の昼下がりや終電ごろ。
遅延した場合、遺族に賠償請求される。払えないので放棄することになるので、実際払うことはないけれども、周囲に迷惑をかけるのも同じだし、悲しませるのも同じ。
しかも夏は暑いので、匂いが残る。
できるなら、朝ではなく夜のほうが良かった(?)かもしれない。でも夜も暑いので……。
「これまで『死にたい』と願ってきた期間は七年。人生を終わらす覚悟を決めるには、充分すぎる期間だろう」この考え方も共感できてしまう。
ここまで思いつめたんだから、充分だろみたいな。
たとえば、先月いじめられて自殺しようかと思いましたという人がいたら、「なに、たかだが一カ月しか悩んでいないのか。私なんて七年なんだぞ」とマウントを取りに行くいみたいなところがあって、つらい思いをしていると指折り数えてしまうのだ。
なんとか先延ばし、先送り、深く考えないよう気を紛らすなど、いろいろな手を使って今日まで来たはず。
主人公は「死にたいと母親に打ち明け」てもいるのだ。
これは珍しい。
黙ってする人のほうが多いので、相談できる家庭環境にあるのかもしれない。もしくは、相談できたときは良好な親子関係だったのかもしれない。少なくとも親は味方なのだろう。
学校でいじめられていて、自殺したいといったら、いじめの方をなんとかしようと親なら考えるはず。そうではないのならば、主人公自身が内に抱えているものが自殺したいと思う原因なのだろう。
たとえば病気、身体が不自由、他の人と何かが違う、など。
生きるのがつかれた、もあるかもしれない。
友達に遊ばないかと誘われて遊ぶ返事をしても、「問題は何も解決していない」とある。友達がいなくて寂しい、でもないのだろう。
身体的精神的嫌なことをされた可能性も考えられる。
「暗証番号の入力なしでスマホを操作できるようにしてある」この部分が、とくに生生しく感じ、同意したくなる。自殺しなくとも自分になにかあったときのことを考えると、ロックしておくと開けないので確認が大変になる。そんな事を考えて、気を回して外しておくという部分からも、かなり現実味を感じる。
主人公は結構、繊細だと思われる。
気になったのは、最寄り駅に停車する「大阪へ向かう普通列車」に飛び出そうとしていた所。
土山駅は兵庫県播磨市と明石市の境にある駅。
普通も快速も停車し、それ以外は通過。貨物列車も通過するのだ。
停車する時は、時速三十キロくらいでホームに入り、減速する。
ホームのどこに主人公がいるのかわからないけれども、椅子にスマホを置いたので、ホームの中ほどにいる。
そのときには減速して時速十キロくらいになっているかもしれない。
電車のぶつかり具合で変わるだろうけど「線路目掛けて駆け出す」とあるので、飛び出して電車にぶつかったとき、弾かれてどこに落ちるのか。
タイミングによるのだけども、ホームへ弾き戻される可能性が高い。
すると乗車しょうと待っていた人達を巻き込んで怪我させてしまう。
結果、骨折程度か擦り傷で助かるかもしれない。
線路の上に落ちたら大惨事だろうけど、脚を骨折して助かるなど生存する確率も高い気がする。
確実性を選ぶなら、重量と速度のある貨物列車などの通過車両だろう。
ホームを通過する時は、多少減速するものの、かなり早い。
そこへ飛び出していくには、かなりの勇気がいる。
ふらふらっと行けないし、ホームの端っこに立つのも咎められる。
なので、ひょっとすると主人公は、自殺したくなかったかもしれない。
そもそも、実際自殺する人も、本当は死にたいなんて思っていないだろう。
しょうがなくてそんな選択をするのであって、だれも好き好んで自殺なんかしたくない。
ためらう気持ちが、普通車両や朝十時という時間を選ばせたのかもしれない。
本作の「どうやら明日の私は棺桶ではなくカラオケに行っているらしい」この表現が実にいい。
これを書くために本作を書いたのかと思えてしまう。
夏の青空は他の季節と違って、色濃く、しかも暑い。
カミューの『異邦人』で、殺人の動機は「暑かったから」という小説を思い出す。あの作品は太陽の強い日差しが狂わせて殺してしまうのだけども、本作の太陽は「私の新しい人生を応援するように。生き抜けと、声援を送るように」エールを送っているのが素晴らしい。
読後は、夏の暑さにも負けない力強さをも感じさせてくれる。
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