やり残したことは、ありませんか。

やり残したことは、ありませんか。

作者 水神鈴衣菜

https://kakuyomu.jp/works/16817139556500394404


 恋愛のわからない悔恨屋の幻斗は、恋をしたい幽霊の海未とデートして成仏させ、情をわずかに通わせる話。


 死ぬ間際になって、人は後悔を抱くという。

 もっとやりたいことをしておけばよかった、と。

 生きている時はいつでもできると思っていたけれども、コロナ禍で制限されて、誰もが思い知ったと思う。

 そう考えると、題材はいいなと思う。


 主人公は悔恨屋の幻斗、一人称俺で書かれた文体。自分語りで実況中継をしている。描写は少なく説明や感想っぽさがある。


 女性神話の中心軌道で書かれている。

 恋愛が分からないながら、普段はバイトをしている陰陽師の血筋を持つ悔恨屋の幻斗は、現世に残っている魂の心残りをどうにか解決している。

 廃屋にいた幽霊に、生前できなかった恋をしたいという依頼が来る。夕方の水族館に行きたいと言われてそれなりの服装をし、二人(実際は一人)で館内を回り、彼女の名前を呼び、「ほんの少しの間だったけど、俺結構お前のこと好きかも」と自分でもわからない気持ちを口にし、夕日が沈むなかキスをされて、彼女は成仏する。

 あとには彼女に対する情が少し残りながらも、明日もまた淡々と依頼をこなしていこうと席を立つ。


 あるいはメロドラマの中心軌道のような書き方をしている。

 普段はバイトをしている陰陽師の血筋を持つ悔恨屋の幻斗は、現世に残っている魂の心残りをどうにか解決している。

 幻斗と幽霊の海未には、それぞれもしくは共通してクリアしなければならない問題がある。

 彼女だけでは成仏できないから、主人公に依頼し、生前できなかった恋を経験するために、デートスポットの夕方の水族館へ向かう。

 クリアする度に話が進み、名前を呼び合い、キスをすることで、彼女は成仏できた。その結果、主人公は彼女に情を少し抱きつつ、また明日も淡々と依頼をこなしていこうと席を立つ。


 成仏させるために願いを叶えてあげるという、大きな能動的行動をしているわけだけども、主人公は終始、受け身で進んでいる。

 なにか危機的な状況になることもない。

 着替えを見られても、「結局依頼が終われば、見られたという事実も相手が消えておさらばなのだから」と気にした様子もない。

 見えない人には見られても普通に着替えているし、昔から見えてきた主人公も、いまさら気にしないのだろう。

「夕方くらいの水族館に行きたくて」と指定されても、スマホで調べてすぐ行こうとなる。

 水族館をまわるまで、前半受け身になりがちな主人公。

 彼女に名前を読んでもらうことをお願いされてから、小さな殻を破る瞬間が起きる。

「――もしかしたら、名前のこともあったのかもしれない。彼女が、海未が水族館をデートしたい場所に選んだのは。彼氏に『名前、海未だし海好きだったりする? 水族館でも行く?』とか言われて、そうして水族館に行く──例え彼女が本当はめちゃくちゃアウトドア派で、二人で行くならキャンプ、みたいな人だったとしても。それが憧れだったのかもしれない。そんな風に思った」

 そう思ったからこそ、「……彼氏っぽく『好きだよ』なんて言った方がいいか?」と受動的でなく能動的に行動する。

 恋愛もわからない主人公が、「ほんの少しの間だったけど、俺結構お前のこと好きかも」などと口にしてしまうのも、彼女と擬似的ながらもデートしたせいだ。

 だけれども、『……最後に、き、キス……してもいいですか』と、幽霊の彼女からされる。

 このへんは、どれだけ恋愛に関して思い入れがあるかの差なのだろう。

 海未は、生前どんな恋愛をしてきたかわからないけれども、少なくとも主人公よりは恋愛の知識は高いと思われる。彼女なりの好きなシチュエーションがあって、主人公を相手に体験することで成仏できた。

 でも主人公には、一般論としての恋愛を知っていても、いざ自分が恋愛するとなると、経験も関心もなかったのでわからない。だから、全体的に受け身な感じなのだ。

 彼女とのデートにより、一つの恋を経験した主人公は、ちょっと成長して、またつぎの依頼をこなしていくことになる。


 成仏させるための仕事なので、悔恨屋としての経験値は上がっても、現世の実生活で生かせる経験は溜まりにくいと思われる。普段は恨みを抱いた魂を成仏させていきた主人公だからこそ、覇気に乏しく、受け身になりやすかったのかもしれない。


 今回の出来事は、頑張ってきた主人公に対するご褒美みたいなものだったのかもしれない。




 

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