汗をかきたい彼女は病室で笑う

汗をかきたい彼女は病室で笑う

作者 伊良

https://kakuyomu.jp/works/16817139556284609082


 糸井風斗は小さい頃から幼馴染の美咲が好き。彼女が心臓病の再発に倒れ、気弱になったとき告白して恋人同士となって寄り添う。病気が治った彼女と約束どおり、夏の海を共に過ごす物語。


 疑問符や感嘆符のあとはひとマスあけるなどは目をつむる。


 タイトルを見ると、どういう意味なんだろうと不思議に思う。それは読んでみてからのお楽しみである。

 読後感がいい。

 なんて優しい世界なのだろう。


 主人公は高校二年生の糸井風斗、一人称俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で書かれ、テンポよく進んでいく。

 

 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 幼馴染の美咲が好きな主人公は、クーラーのきく部屋で漫画を読んで過ごしていると、美咲が心臓病が再発して倒れた知らせを聞いて病院へ駆けつける。「引きこもっているから、こんなに綺麗な白い肌してるのか!男子としてはちょっと頼りないなぁ」といわれ、筋トレをはじめる主人公は毎日彼女を見舞う。

 筋肉質だった美咲の腕が少しづつ細くなり、「最近、汗かいてないなぁ。ずっと涼しいところにいるからさ。夏なのにおかしいね」「もしさ、私の病気が落ち着いたらさ、二人で海に行こうよ」といわれ約束するも、彼女の病気は悪化していく。なのに病気になって良かったと言い出し、「病気になってなかったら風斗と手を繋げてなかったと思うと、幸せだなって思うの」といい、最後にひと汗かきたかったと悲しいことを言い出す。

 それをきいた主人公は過去を認め、「俺、美咲のこと大好きだ。小さい頃からこの先もずっと。だからさ、生きて一緒に色んなところに行こう。病室なんか飛び出して海に行こう」と告白と約束し、彼女の不安を夜通し聞き続ける。

 いつの間にか寝てしまい、翌日気がつくと彼女は手術を受けていた。元気になった彼女と約束どおり海へ向かう。


 主人公は母親から、幼馴染の美咲が心臓の病気で倒れたから急いで病院に来いと連絡を受ける。

 にもかかわらず、「私服をかき集めて、そこそこのファッションを完成させると、500mlのペットボトルを片手に玄関を出」るのだ。装いの見た目を気にしているときではない。

 それでもこだわるのは、彼女のことが好きで、その思いを秘めてきたからだと思われる。たとえ緊急時とはいえ、好きな子に会いにいくのだから、それなりに気を使わなくてはいけないと思ったに違いない。

「地面に散らばっていた私服」というのは、部屋の床の誤りかしらん。

 洗濯物が飛ばされて、地面に散らばっている私服をかき集め、そこから服を選んで着替えた、と読もうと思えば読めるけど、無理がある気もする。

 

「アスファルトが生きているかのように左右に揺れる程の暑さ」とは、熱くてアスファルトが溶けているのかしらん。

 日本の道路で使われているアスファルトは、摂氏一四〇〜一六〇度で溶ける。

 流石にそこまで温度は上がらないので、アスファルトが溶けて揺れたわけではなさそう。


 そもそも、幼馴染の美咲が倒れて病院に搬送されて入院したとき、彼女の母親ならまだしも、なぜ主人公の母親がいるのだろう。

「引きこもっているから、こんなに綺麗な白い肌してるのか! 男子としてはちょっと頼りないなぁ」「筋肉質だった美咲の腕が少しづつ細くなっていた」「最後にひと汗かきたかったとか?」これらのことから、おそらく美咲は運動系の部活に入っていて、筋肉質で日焼けしていると思われる。

 夏休みだから大会などの試合に出ていて、主人公の母親は応援に来ていたのかもしれない。そんなときに倒れて、病院へ一緒に来たのだろうか。

 あるいは、何かしらの目的があってのことかもしれない……。


 美咲の母親が「出ていく時に何か、美咲に耳打ちをしたが蝉の声がうるさくて聞き取ることが出来なかった」とある。

 一体、なにを耳打ちしたのか。

 美咲本人もいっているとおり、「ちょっと心臓が痛かっただけで大袈裟なことになっちゃった」本当は、たいしたことはなかったのではないかしらん。

 美咲の気持ちを知っている美咲の母親は、主人公の母親と相談し、主人公も彼女が好きみたいだからと、双方の母親が美咲と相談して、今回の出来事を画策して二人をくっつけようとしたのでは、と邪推したくなる。

 なぜそんなのことをしなければいけないのか。

 冒頭、「ダラダラと蝉の声がうるさく響く夏休みをクーラーが効く涼しい部屋で、漫画を読みながら過ごしていた」とあるように、主人公は日頃からダラダラしている。

 おまけに「引きこもっているから、こんなに綺麗な白い肌してるのか!」と美咲に言われるように、主人公はインドア派、ひょっとしたら本当に引きこもり気味で、たまにしか学校に行っていないのかもしれない。

 そんな主人公を持つ親としては、なんとか外へ出させるきっかけがほしかった。その考えに賛同した美咲とその母親。手術はもともと夏休みにする予定だったのだろう。

 なので、主人公の母親は「急いできなさい」と連絡するときには、すべてのお膳立ては整っていたのではないかしらん。

 この耳打ちは「計画通り、うまくいったね」といったのかもしれない。

 病人相手だと、人は強く言えず、なんとか力になろうとバイアスが働くもの。

「ねぇ、もし良かったらだけど時々でいいからここに遊びに来てくれないかな?」

「久しぶりに汗かきたいなぁ。もしさ、私の病気が落ち着いたらさ、二人で海に行こうよ」

「怖いよぉぉお。死にたくない、まだ死にたくないの。色んなところにも行きたいし、まだ勉強もしたいの!」

 こういう言葉をきいたら、主人公でなくとも、力になってあげたいって思ってしまう。

 

 病院で寝たきりを一週間もすれば、筋肉は落ちるので「筋肉質だった美咲の腕が少しづつ細く」なるのは当たり前である。

 でも、こういうところに現実味を感じる。

  

 お互いに告白し、弱音を吐いたあと「『……美咲のことは任せたわよ』そう言ってクスリと笑うお母さんに俺は力強く頷いた」とある。

 本当にもう助からない状況だったら、クスリと笑えるかしらん。

 余裕を感じる。

 微笑ましく見守るような笑顔なら、するかもしれない。


 手術は成功し、約束どおり二人で夏へ行く。

 症状にもよるが、心臓病の手術後は一週間前後で退院できる。なので可能と思われる。ただし、一カ月程度は人混みを避けたい。水泳は三カ月後からなので、人混みの少ない浜辺を歩くなど程度なら大丈夫と思われる。

 とはいえ、美咲も好きだった主人公と恋人同士になれたし、引きこもり気味だったけど筋トレしてくれて男らしくなったし、一緒に海にも行けて、すべての願いが叶った感じだ。

 彼女たちの手のひらの上で、主人公は踊らされていたのでは……と、邪推してしまう。


 本当に病気だったのかもしれない。

 元気になってよかった。

 幼馴染が病気になると、亡くなるパターンを数多く読んできたので、元気になってホッとした。

 夏はこれからです。


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