夕暮れ準備室

夕暮れ準備室

作者 大西 詩乃

https://kakuyomu.jp/works/16816700429061478342


 中学を卒業した翌日、部室の掃除に来ためいめいは鈴と出会って片付けをし、残っていたカップ麺を食べきり、高校生になったら吹奏楽部に入って後輩に教えに来ると共に誓って別れる話。


 成長物語である。

 ごく短い中で描ききっている。

 吹奏楽部に限らず、競技に参加して優勝できるのは一つだけ。

 大多数が悔いは残る。あのときもっと頑張れば、ひょっとしたらという思いを抱いたことは誰もがもっている。

 コロナ禍で大会が中止されるなど制限を受けた人も悔いは残る。

 なので、この話に共感できるひとは多いと思われる。

 題材選びや構成、書き方が素直にうまいと思う。


 主人公は中学を卒業した元吹奏楽部の女子生徒めいめい、一人称私で書かれた文体。自分語りで実況中継している。赤いきつねと緑のたぬきらしきものが登場している。以前カクヨムで募集企画された時に書かれた作品かもしれない。


 感嘆符のあとはひとマス明けるなど、目をつむる。

 

 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 吹奏楽部で満足いかない結果に終わったことを抱えて、中学を昨日卒業した主人公は、部室の片付けに学校を訪れる。すると、吹奏楽部で同じパートの鈴も来て片付けをしていた。

 二人で棚を掃除していくと、卒業発表会のあとで食べたインスタントのカップ麺が二つ残っているのを発見。片付けてから食べる二人。

 一緒に学校で食べる最後の食事をしながら、高校が別々なので落ち着いたら遊びに行く約束をする。

 これで終わりだと思うと泣けてしまう鈴に釣られて、主人公も泣いてしまう。二人は泣き、知るまで食べきる。

「高校行っても吹奏楽はいるよ!それで、後輩ちゃん達に教えに来る!」「私も!」と約束し合い、下駄箱で別れ、それぞれ新たな未来へと旅立っていく。


 めいめいというあだ名が面白い。

 本名はメイやメイミ、メイコかしらん。


 部室に、ポットがある。卒業発表会のあとに食べた残りとあるので、そのときに持ってきたまま片付けていないから、この場にあるのだろう。


「奥まで片付けていると、私達の前の代が残していったオモチャや、よくわからない何かが出てきた。でも、捨てなかった。私達はタイムカプセルを埋めるように奥まで戻した」この部分から現実味を感じる。

 私の中学時は科学部だったけれど、理科準備室には色んなものがありました。竹刀とかサッカーボールとか野球の道具、オセロに人生ゲームなどなど。なんであるのだろうと不思議ながら、捨てずにそのまま置いておいたことを思い出します。

「タイムカプセルを埋めるように奥まで戻した」という表現もいい。

 彼女たちが掘り返しに来ることはないんだけど、「後輩達がこれを見つけたら面白がるだろうから」と、ささやかながら先輩からの贈り物であり、後輩に対する愛を感じる。

 

 合間に「この頃には夕焼け空が濃くなっていた」時間経過をいれてあるのもいい。 


 食べるときの「蓋を開けると温かい蒸気と出汁の香りが顔を包んだ。麺を三本すくって息を吹く。口の中に放り込んだ。『ハフ、あふい』まだ熱かった」ここの表現が具体的でいい。

 本作の具体的なところは食べるシーンにある。

 なぜかといえば、このあとの「また、麺をすする。夢中で麺をすすっていたら鈴の方から鼻水をすする音が聞こえてきた。熱い麺類を食べてると確かに鼻水出ちゃうよね。そばに箱ティッシュがあったはず」と、友人の鈴が泣いている場面につながっていくため。

 掃除をして、カップ麺を見つけ、一緒に食べながら、学校で一緒に食べるのが最後、高校別れてしまうから、という展開から、「熱い麺類を食べてると確かに鼻水出ちゃう」と生理現象を持ってきて、悔しくて泣く展開へのムダのない流れ。そして明かされる、整理できたと思っていたけど、主人公の中にも「くすぶっていた後悔」が隠されていたことが明かされる。

 この流れがうまい。

 カップ麺を見つけ「私、きつねがいいなー」といったところが、まさに主人公の小さな殻を破る瞬間になっていたのだ。


 過去の後悔を認めたから、めいめいも「いーのいーの、今日だけ」と泣き、汁まで食べきるのだ。

 なぜ食べきるのか?

 カップ麺は彼女たちにとっての後悔した過去の象徴だから。

 食べ残っていたのは、未清算の過去の証。

 それを見つけ、掃除することで整理し、食べて汁まで飲み干し、過去を消化。

 だから、二人は「めいめい、私、高校行っても吹奏楽はいるよ!それで、後輩ちゃん達に教えに来る!」「私も!」と新たな夢を決意し、帰っていけるのだ。

 鈴の背中は「元気な鈴には似合わないくらい大人びていた」と、成長している。そして「きっと私も同じだ」と主人公もいっている。

 短い話の中で、きれいに成長を描いているのは素直に素晴らしい。

 

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