ふらん

ふらん

作者 しがない

https://kakuyomu.jp/works/16816927862774197288


 デートの日に燐の彼女・不蘭は事故で死んだが生きていて、遊園地デートとお泊りをしたあと葬ってとお願いされ、海へ火葬する物語。


 言葉の掛け合いや、状況描写の説明が真面目に書いているから、面白い。

 面白さとは、ギャップで生まれる。

 当たり前の日常と異常である非日常の割合は、九対一。

 本作は日常の中に、彼女の不蘭がゾンビになった異常を描きながら、ズレた常識的考えをするところにギャップが生まれ、面白く感じるのだろう。


 主人公は憐、一人称僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で、説明的描写が多い。おかげで、グロさが多少軽減されている。ホラーや怪奇ものではなく、シュールというかコントというか、ギャグやユーモアのあるラブコメとして楽しめる工夫がされている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の燐は、死体に触れるのがどこか恐ろしくて気味が悪く無意識的に忌避しながらも、車にはねられて死んでしまった彼女の不蘭と遊園地デートをする。実家ぐらしの彼女は家に帰れないため、主人公のアパートに泊まることになる。

 晩秋とはいえ、死体は腐るし臭いだけでなく虫も湧く。防虫剤を買って駆除するも、ついに右腕がもげてしまう。とりあえず冷凍庫に入れる。

 葬って欲しいと彼女の頼みを聞いて、ガソリンとライター、ビーチボートをネット通販で購入して用意し、深夜の海へ二人で出かける。最期のキスをして、海へと漕ぎ出す彼女を見送る。

 燃え盛る炎が見えなくなるまで見続け、冷凍庫に残った右腕を夜が明ける前に埋めようと急ぎ帰宅する。


 遅刻して現れた彼女は「赤かった。脳味噌らしきものが見えるほどに頭がぱっくりと割れ、右腕は有り得ない方向に捻じれ、その役目を放棄した右脚を引き摺りながら、彼女はいつも通りのにこにことした笑顔で手を振っていた」のである。

 ここで主人公が驚くなどのリアクションをすればいいのに、「……なにそれ?」と間の抜けた返事をし、目の前の状況を、仮装をしてるとか彼女の勝負服だとか、一所懸命肯定しようとする。

 異常に常識を持ってくるのだ。

 なのに、「死んじゃったんだよね、私。車に撥ねられちゃって。だから遅れちゃったんだー。スマホもその時壊れたせいで連絡も出来なかったし、ごめんねほんと」と明るく言われてしまう。

 理解が追いつかないのだけども、ここでも、「哲学の問題だろうか。あるいはとんち? それともレトリック?」と常識的判断をしようとする。

 彼女の胸に耳を当てて確認すると、心音がしない。ここでも常識点判断をして、「えーと、救急車呼ぶ? 大丈夫?」ときいてしまう。

 どうしていいかわからず、取った行動は「ひとまずこれ貸すから着てくれない? 腕と血の痕隠れるだろうからさ」と自分のコートを貸すのだ。

 そのあと、遊園地に行こうと彼女に言われ、「こういう時、僕は彼女に勝てないことを知っている。女の子の意見を優先する、なんて言えばジェントルな感じがするけれど、ただ単に声が小さいと言われちまえばそれまでの現実」と、いつもの二人の関係の考え方で対応して遊園地デートをしていく。

 主人公は、どこまでも目の前の異常事態に対して、できる範囲で常識的な対応をし、彼女を否定しないのだ。

 だからといって、流石にまずいところは彼女を止める。

 でも、その方法は常識で「それは知ってるけど。その、そのままジェットコースターに乗ると、色々スプラッシュして別アトラクションになるんじゃないかと思って」「突然血が空から降ってきたら間違いなくパニックになるし、そしたらデートも何もしてる暇じゃなくなるんじゃないかと考えられるわけだ」と、冷静に彼女に伝えて考えを改めてもらう。

 事故で死んだ人が生きているという異常を描きながら、それ以外は(ズレてはいるけれども)常識で対応して書かれている。

 この書き方を守っているから、グロいし、スプラッターだし、軽いホラーなんだけれども、ユーモアもあって仲のいいカップルのラブコメ的なやり取りみたいで笑ってしまう。


 物語で大きなウソをつくとき、それ以外はリアルで書かないと茶番で子供だましのような感じになってしまう。

 なので、本作はよく書けている。


 どうして彼女は死んでも生きていたのか。

 最後に彼女は自分から「葬って欲しい」という。なので、デート前に交通事故で死んでしまうのは嫌、どうせ死ぬなら彼氏である燐に葬ってほしいと思ったのではと推測する。

 デートして、彼氏の家にお泊りして、海に行きたいといい、最期に抱きしめてキスしてもらう。

 やりたかったことを全部して彼に送ってもらう。

 そのために彼女は、死んでも生きていたのだろう。

 

「不蘭を燃やすその炎は、見惚れるほどに激しく、美しく見えたのだ」と見惚れ、火が消えたあとは我に戻った。

 彼女が死んだのだ。

 本来ならデートの日に死んでいたはずなのだ。

 現実に戻って、吐く。彼女とはいえ、腐乱死体とキスしたのだから、正常というか常識的に考えても気持ち悪くて吐いてしまう。

「ついでに汚泥のように蟠わだかまった記憶も感情も、吐き出せたら良かったのに」とは、腐乱した彼女と過ごしていたときの記憶や感情もなかったものにしたいのだろう。

 それだけ異常な状況だったのだ。

 だから「冷凍庫に右腕を入れたままだったなあ」と思い出せるし、埋める選択をするのも忘れてしまうためというよりも、持っていたら、近隣住人が変な匂いがすると怪しんで通報し、警察沙汰になりかねないからだろう。

 だから急いで帰ろうとするのだろう。

 あるいは、彼女の一部が残っていると、彼女が完全に死ねないと思ったから、腕も早く葬ろうと考えに至ったのかもしれない。 


 彼女にとっては、主人公のような彼氏がいて幸せだったに違いない。

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