28日目

 その『もちぬし』はちょっと変わっていた。

 彼女のベッドサイドにはいつも俺とえんぴつと消しゴムが置かれていて、彼女は寝る前に必ず俺を開いて何かを書こうとするのだけど、きまって数秒思考した後には俺を閉じていた。それを悔いているようにも、残念そうにも見えなくて、ただ、淡々とそれを受け入れているようだった。

 いつだったか、書かないのか? と聞いたことがある。

 日記帳である俺としては、折角毎日開いているのだから天気でも気持ちでも、一行でも二行でも、在ったことを書いてもらえたら嬉しいのである。

 世の中には、俺の声が聞こえる人間とそうでない人間がいる。彼女は前者だった。

 彼女は億劫そうに俺を見た。

「完全な状態ってあるじゃん?」

 あるか?

 ちょっと彼女が何を言いたいのかわからなかったので黙っていると、彼女は続けた。

「日記帳の場合は、何も書かれてない状態か、すべてのページが埋まっている状態。そうだったら気もちいいなあって思うの。書き始めたら、全部埋めなくちゃいけなくなるでしょ」

 0か100か、その状態が気持ちいいの。

 彼女の言葉に、そういうものか? と思う。

「それ以外は中途半端」

 よくわからないけれど、そういうものかと俺は納得することにした。

 真っ白か、もうすべてのページを書き終わったか、彼女はどうにもそうじゃないと我慢できないらしい。

 だからこそ、真っ白な日記を見ると落ち着くのだという。

「書こうかなって思うこともあるんだけど」

 そういいながら、彼女は真っ白な俺を大切そうにベッドサイドに置いた。

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