26日目 今日は本を読んだ。

『もちぬし』がカバーのかけられた文庫本を読んでいる傍らで、俺は『もちぬし』を見上げている。

 早く日記を書かないかなとも思うが、その『もちぬし』にとっては日記を書くということを一日にエンドマークを付けるということなのだろう。今日はまだ『もちぬし』は日記を書きそうにない。

 暇つぶしに、俺は足をぶらぶらさせていたが、ふと、真剣に本を読む『もちぬし』を見て焦燥感に駆られたのがわかった。

 俺も何かしたほうがいいのだろうか?

 モノというのはただそう”あれ”ばいい。俺たちはただあるだけだ。そうして、必要な時に使ってもらうことで勿体を実感する。

 それだけでよかったはずなのに、自我なんてもったものだから、ただ待っている時間を「勿体ない」と感じるようになったのだ。

『もちぬし』の腕の上に乗り(俺に重さはないのだ)、『もちぬし』が読んでいる本を、のぞき込む。何を真剣に読んでいるのだと思っていたら映画化もされたミステリー小説だった。仮面なホテルのやつだ。

 ふむ、と考える。

『もちぬし』のことを知るために、俺も読んだ方がいいだろうか?


 

『もちぬし』のペースに遅れないように、『もちぬし』の手の中の本を読み進める。

 俺の体ほどもありそうな本を、『もちぬし』の視線を遮らないように体を反らして、そうすると文字が遠くなるので、額に手を添えて文字をひとつひとつ確認していく。ページがめくられる前に見開きを読み切ると、ほっと一息をついた。

 それから、『もちぬし』がページをめくるのを待つ。

 のだが。

 待てども待てども、『もちぬし』はページをめくらなかった。

 手が止まったままだ。

 何をしてるんだ?

 振り返って見上げると、『もちぬし』は腕に乗った俺を見つめていた。

「何をしてるんだ?」

 何って、本を読んでいるに決まってるじゃないか。

 本を読むことに本を読む以上の意味なんてあるものか。

 早くページをめくってくれないか。

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