20日目 数字が見えると人が変わる②

「『もちぬし』の次のレベルまでの経験値は……」

 いつものごとく、日記を書き終えた『もちぬし』に俺は次のレベルまでの経験値を伝える。

『もちぬし』の代わり映えのしなかった毎日は少しずつ変わっていった。

 自分のレベルが上がるように、新しいことを、経験になることを毎日に少しずつ取り入れるようになった。筋トレをするようになり、一日1時間は勉強に充て、時折、俺に「今、力はいくつになったかな?」と聞くようになった。

「数値が見えると、やる気が出るなんて知らなかった。余った時間にちょっとだけ筋トレするだろ? それをキーに確認すると、力がひとつ上がったのがわかる。さぼると下がったのがわかる。勉強だってそうさ、知力を上げるために今勉強しておこうなんて、これまで考えたこともなかった。ゲームではよくあるのに」

『もちぬし』はそう屈託なく笑った。

 俺はちょっと、不安になっていた。

 異世界にもステータス開示の魔法はあった。

 俺はこの世界にその文化を持ち込もうなんて思っていなかった。

 単に、混戦したというか、たまたま冗談でそれを口にしただけだった。

 なのに、『もちぬし』の毎日は変わった。多分、今はいい方に。

 でも、これからもそれが続くとは限らない。


 懸念が現実化するのにはそう時間はかからなかった。

 ある時、落ち込んで帰ってきた『もちぬし』が、俺に言った。

「他人の能力も数字でわかるのか?」

 答えは、わかる。

 他人というのなら、『もちぬし』は持ち主だが、俺と『もちぬし』は一心同体というわけではない。所有という特別な関係で結ばれていても、人間という他者なのに変わりはない。

 それは、『もちぬし』じゃなくても変わらないのだ。

「おすすめはできない」

 嘘をつくこともできたけれど、俺はそれをしなかった。

『もちぬし』との間に、なるべく秘密を作りたくなかったのだ。

「じゃあ、部下のAの知力を教えてくれないか?」

 その質問がどんな意味なのか、Aと『もちぬし』に何があったのか、俺は知らない。その日は『もちぬし』はまだ日記を書いていなかった。

 そして厄介なことに、俺はAに会ったことがあった。

 つまり、その時点での彼の知力がいくつかを、俺は知っていた。

 それが、『もちぬし』よりもずっと高いことも。

 言わない方がいい。そう思った。

 同時に、言わなければきっと、『もちぬし』はずっとその疑問を抱えていくのだろうとも思った。

 だから結局、俺はそのままを口にした。


 それから、持ち主は少しだけ自堕落になった。

 数値を知る前の代わり映えのしない毎日を、少しずつ取り戻していった。

 たまに、自分の知力や筋力を聞くと、きまって「何もしていないのに一気にステータス上がればいいのにな」と付け足すようになった。

 俺はそんな『もちぬし』に、ごめんなさい、と言うようになった。

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