19日目 数字が見えると人が変わる①

 日課の日記を書き終えて『もちぬし』は小さく伸びをすると、そっとベッド脇のサイドテーブルに俺と筆を置いた。『もちぬし』は寝室のサイドテーブルなんて日記を書く時にでもないとつかわないから、そこはほとんど俺専用場所になっていた。

『もちぬし』はマメな男だった。

 毎日の記録も欠かさないし、そう代わり映えのする毎日というわけでもないのに、日記はいつも500文字を超えていた。よく書くことが尽きないものだと思うけれど、日記に書くことなんて誰が読むわけでもない、毎日同じ内容でもいいし、オチを付けなくたっていい。

 俺は『もちぬし』のその変わらない毎日が気に入っていたし、『もちぬし』もそれを不満に思っているようでもなかった。

 だからその日、呟いたのはほんの気まぐれだった。

「ぼうけんのしょに記録されました。『もちぬし』は次のレベルまで後○○の経験値が必要です」

 この言葉は異世界の日記帳としての俺の記憶だった。

 俺にはあらゆる世界の日記帳の記憶をぼんやりと覚えているのだ。

 他愛ない言葉遊びだったが、『もちぬし』はふとその動きを止めた。

 それから、興味深そうに「今日俺はどのくらい経験値を手に入れたんだ?」と言った。

「1」

「たったの?」

 まあ、1日1の経験値ってだけの話なんだ。

 そんなつまらない種明かしをするかどうか迷っていると、『もちぬし』は続ける。

「効率的に経験値を稼ぐ方法はないかな?」

 それならすぐに思いついた。

 兼ねてから『もちぬし』の毎日には変化が少ないと思っていたのだ。

 それは俺にとっても、きっと『もちぬし』にも悪いことではなかったけれど、折角『もちぬし』が興味を持ったのだから、俺は何か少しでも役に立つことが言いたかったのだ。

「人間は、新しいことを経験すると効率よく経験値が増える」

 らしい。

「なるほど」と『もちぬし』が黙り込んだ。

 こんな些細なことが、変化のきっかけだった。

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