16日目 なにもないがある。
本屋の文庫本コーナーの片隅の片隅で、俺は生まれてからこれまで最も切実な肩身の狭い思いをしていた。
隣に並んでいる奴らの背表紙をちらりと見る。タイトル、作家名、分類番号。まごうことなき物語達が、『もちぬし』に選ばれるのを今か今かと待っている。誰を選んでも遜色ない、立派な小説本たちだ。その片隅に、なぜか、文庫本に似せた装丁をした日記帳、つまり、俺がいた。
俺にも一応タイトルはあった。「自分本」。作家名はない。当たり前だ。日記帳なのだから、作者は『もちぬし』と相場が決まっている。
それが何故か、文庫本のコーナーの片隅に挟まっている。
それには深い事情があると言いたいところだったが、生憎、そんなものは存在しなかった。
うっかり者の書店員が棚の整列がてら俺を手に取ったとき、嫌な予感はしていたのだ。
書棚の前を、本を物色しているお客様が通り過ぎていく。
大体は新刊の表紙が表になっている棚を一瞥し、下段の平積みになっている本をざっと確認して、それから書棚に差し込まれた本に目を向ける。その本屋は、作家順ではなくジャンルごとに棚を作っていたから、棚には様々な会社の様々な作家の作品が並んでいる。俺が差し込まれた棚には、「海外ミステリ」と案内板がつけられていた。
そういう意味では、書店員のこのミスも気が利いていると言えなくもない気がする。確かに俺にとってはここは場違いで、なぜここにいるのか俺は不思議でしょうがないのだから。ミステリである。
お客様が流れるようにして通り過ぎていく。
ミステリは国内では人気のジャンルではあるが、海外ミステリともなるとなかなか手を出そうとする読者は少ない。たまに立ち止まって見ていくお客様も、ぱらぱらと本をめくっては、何かがしっくりこなかったのか、本を棚に戻して去っていく。
読んでみたら面白いんだけどな。
他人事のように俺はそう考える。
日記帳の俺にとって、物語が既に書かれている本は同族であるものの、やっぱりどこかで余所物なのだ。
「なにこれ」
本を物色していたお客様が、棚の端にいる俺を手に取った。
俺は期待していなかった。
考えるまでもない、俺の中身はまるっきりの白紙なのだ。文庫本たちと肩を並べていい存在ではない。ジャンルが違う。
すぐに棚に戻すだろうと思って、俺はただその人間を見上げた。
ぱらぱらと俺をめくる人間。その口元が少し笑っていた。
「……落丁かな」
幾分か不思議がりながら、人間は最後まで俺をめくる。
なるほど、文庫本コーナーに、日付の文字すらないまるっきりの白紙の日記帳が混ざっていると、ミステリ好きは落丁を疑うらしい。
最期までめくり、それから背表紙を改めて見たその人間は、得心したように声をあげた。
「ああ、自分で書けってこと!」
その人間は、『もちぬし』は、そのまま俺をレジまで持っていくと会計を済ませ、肩にかけたカバンに俺を放り込んだ。
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