11日目 勿体ついたじゃん
チズのやつがカーナビやスマホに取って代わられて、紙であることがそろそろ珍しくなってきたころ、ある『もちぬし』とその連れとでドライブに行ったことがあったらしい。
仮に、『もちぬし』と『友人』としておこうか。
チズは助手席のダッシュボードで待機していて、「まあ、今回も出番はないだろうな」と高を括っていた。ドライブでチズを取り出して現在地を確認するなんて、そのころにはもうずいぶん珍しい光景になっていた。せいぜい教習所の実習でお目にかかれるくらいだろう。
ただ、それでも、『もちぬし』たちと一緒にドライブをするのはチズの楽しみの一つだった。たとえ使われなくても、いざというときに出番があるかもしれない。モノにとってはそれで十分なのだ。
もちろん、俺だって。
「あれ……ここ道ができてる」
だから、『もちぬし』が困惑の声を上げたときも、チズは出番なんてないだろうと思っていた。
「ここ、昔は使われなくなった駐車場でさ、子供のころ友達と集まってサッカーとかしてたのに、もうなくなっちゃったんだな」
懐かし気に『もちぬし』がそういうのにあわせて、『友人』が驚きの声をあげた。
「こんなところでサッカーやってたの?」
そのスペースはお世辞にも広いとは言えなかったし、当時も今と変わらずアスファルトが剝き出しだったので、子供が遊ぶには適していなかったが、それでも、都会の子供にとって走り回れる場所は貴重だったのだ。
「今考えるとすげえな。転んだらどうすんだか」
「そりゃなくなるわけだよ」
したり顔で『友人』が言った。
「ちょっと寂しいけどな。もう空き地だった面影なんて全然残ってない」
運転している『もちぬし』の顔を見ていた『友人』が、突然ダッシュボードを開けた。『友人』の手が伸びてきて、チズはずいぶん混乱したと言っていた。
『友人』はチズの混乱なんて知る由もなく、チズをぱらぱらと広げると微かに笑って『もちぬし』に声をかけた。
「面影、残ってるじゃん」
ダッシュボードに入れっぱなしになっていたからか、ずいぶん古くなってしまったチズを『友人』が指さす。
そこには、確かに『もちぬし』が遊んでいた空き地が印刷されていた。
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