10日目 モノダチ

 人には人に運命があるように、モノにはモノの勿体がある。

 だから日記帳である俺、ことN・I・キーのような奴だって生まれてくるし、何も付喪神というかモノの集合的無意識というか普遍的無意識というやつは俺以外には存在するのだ。

 で、人間には人間の友達がいるように、モノにはモノのモノダチがいるのである。

 そいつの名前はチズといった。

 名前の通り、地図のお仲間なわけだ。

 数年前の話だ。

 チズは言った。

「最近困ってるんよ。俺もだんだん自分がなんだかわからなくなっちまってさ。いや、俺は地図だよ? でもさ、ちょっと前は俺っていったら紙だったわけよ。車の奴なんかといっしょにいてさ、こう、『もちぬし』たちの旅行なんかのフォローをしていたわけだ。コンビニにも必ず売っててさ。それが、紙の俺なんてめったに見なくなっちまった」

 そう語ったチズは、自分の体を寂しげに見下ろした。

「もう俺も古いんかな」

 その言葉には、時代の流れに応じて変わらざる追えない俺たちモノの何とも言えない寂しさが滲んでいた。


 あれから、チズに会う機会もほとんどなくなってしまった。

 同じ付喪神。時代の流れに応じて、俺たちは変わっていくのだ。

 それを寂しいとは思うが、こればかりは仕方ない。

「チズの奴、今どうしているかな」

 開いた日記帳に胡坐をかいて、全身でウソ日記を書きながら、俺はつい呟いていた。なつかしさに浸るのは、俺の癖みたいなもんだ。

 俺のつぶやきが聞こえたのか、机の上に置きっぱなしになっていたスマホのやつが弾んだ声を上げた。

「チズなら、ここにいるよ?」

 スマホはそう言って、自分の胸を(つまりは液晶を)指さした。

 そうか……。

 そうなんだな、紙の地図はもうあまり見なくなってしまったけれど、チズの意志はスマホや、カーナビに引き継がれていくんだ。

「……チズ」

「やめろやめろ。死んだみたいに言うなよな」

 不意にスマホの中からチズが声を上げた。

「あ、チズ」

 スマホがくすぐったそうに笑う。

「形は変わっても、地図って概念はそうそうなくなりゃしないんだ。なくなったみたいなノリになんな」

 ま、そうなんだよ。

 形は変わっても、俺たちが提供するものはそう変わらないのだ。それがモノの勿体なのだから。

「なんか俺もそのうちスマホと一体化しそうな気がしてきたな……」

「その時は昔の話を聞かせてよ」

 スマホにそう言われて、俺は思わず唸ってしまった。

 さすがに日記は紙がいいんだがなあ……。

 時代かなあ。

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