9日目 究極の一日

 俺、ことN・I・キーは日記帳の付喪神だ。

 まあ、だからというわけでもないが、いろいろな日記にアクセスしてはその『もちぬし』のことをこうして日記に記している。

 どんなに『もちぬし』たちに、日記を書いてくれ、俺に勿体をつけてくれって言ったって、しょうがないからな。なら俺が代わりに書いてみようって、そういうわけなんだが。俺は人間みたいに体験できないから、ま、ウソ日記なんだけれど。

 それでさ、最近ちょっと思ってることがあってな。

 つまらないことなんだが。

 もしかして、毎回新しいウソを作り出す方が、現実をそのまま記すよりしんどいかもしれないって。

 あぁ。

 いいな、人間は。

 俺も『もちぬし』たちみたいに何かを体験してみたいよ。

 そうだ、そんなことを書いていたら、思い出した。

 面白い『もちぬし』がいてな。

 そいつは折に触れてはこう言っていた。

 曰く「究極の一日を過ごしてみたい」

 なんじゃそらって俺は思ったよ?

『もちぬし』の話を聞いていたやつもそう思ったらしい。

「なんじゃそら」

「あらゆることが効率化された一日だよ。朝起きたときから、夜寝るまで、何のミスもイレギュラーも一切の無駄もない一日」

 どういうこっちゃって俺は思ったよ?

『もちぬし』の話を聞いていたやつもやっぱりそう思ったわけだ。

「例えば、朝ベッドから降りるのは左足からが望ましい。立ち上がった後キッチンに向かうまでの移動がスムーズになる。その際に、カーテンを開いて10秒、日の光を浴びることは忘れない。日の光には目を覚まさせる効果がある。二度寝は厳禁だ。着替える順番は? 靴はどっち足からはくと効率がいい? そうやってあらゆる物事を効率化した、完璧な一日。過ごしてみたいと思わない?」

 過ごしたいか過ごしたくないかと言われたら、……俺にはわからないが。

 そんなことより気になることがあった。

 その究極の一日には日記を書く時間はふくまれているのだろうか?

 案の定、『もちぬし』の友人も似たようなことを考えたようだった。

「それ、俺と駄弁ってるこの時間は究極の一日に入るのか?」

『もちぬし』は少し考えて、困ったように笑った。

「入んないね」

「やめちまえ」

 俺が感想を言うまでもなく、彼の友人は俺の気持ちを代弁してくれた。

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