6日目 それが誉め言葉なら、言いたいことは言っておけ
今日の業務日誌を書きながら、その『もちぬし』は嘆息した。
厳しくし過ぎたか?
今日の訓練の際、指導に熱が入るあまり、声を荒げてしまったことを思い出す。
「この程度か」
気が付いたら、『もちぬし』はそう言っていた。
しゅんとした顔の部下たちの顔を思い出して、同時に目の疲れを感じて、『もちぬし』は眉間をもんだ。
厳しくし過ぎたか?
何度も脳裏をよぎるその考えを振り払って、目の前の業務日誌に向き合う。
業務日誌、まあ、つまり、俺のことなんだが。
毎日記すってことじゃ、業務日誌も日記みたいなもんだ。
見ている部下もいないからか、その『もちぬし』はピッとした礼服を緩め、普段から信じられないほど背筋を丸めて椅子に座り、それもいまいちしっくりこないのか、時折、小さく伸びをしながら、業務日誌に取り掛かる。
『もちぬし』は辺境の騎士団の団長だった。
そう、今日はファンタジーなのだ。
日誌の内容は多岐にわたる。例えば「騎士○○、体力に不安が残る。基礎鍛錬を増やすべき」だの、「警護任務はつつがなく終了。本土に引き継ぐ」だの。
ふと、微かに男たちの歓声が聞こえてきた。拍手と、笑い声。
仕事を終えた部下たちが、食堂で羽目を外して酒を飲んでいるのだろう。
注意しに行くべきだろうか? 『もちぬし』は少し思案して、結局また日誌に取り掛かるべく背筋を丸めた。
『もちぬし』の部下が『もちぬし』の部屋を訪ねることはなかった。
「寝てるやつもいるんだから、あんまり騒ぐなよ!」
と、窘めるように……結局怒鳴っている副団長の声は聴こえてくるというのに。
『もちぬし』はそれを当然のことと受け容れているようだった。『もちぬし』が自覚している通り、『もちぬし』は恐れられているのだ。
……厳しくし過ぎたか?
『もちぬし』はもう一度考える。寂しいとかそういうわけではなく。求心力に影響が出ては困る。
1日の出来事、書くべきことを書き終え、『もちぬし』は大きく背伸びをした。
それから、とってつけたように最後に一文を書き足した。
昨日、これも書いておくべきだろうと書き足した、心からのひとこと。
「皆、よくやってくれている」
『もちぬし』にとってそれは本心からの一文だったが、それまでは口に出すことも、こうして文にすることもなかった。
それを、今日も書き足すことにしたのだ。
さて、ここからは『もちぬし』の与り知らないことなのだけれど。
空いた時間に部下たちは『もちぬし』の日誌を読むことにしていた。あの堅物の団長が、上に自分たちをどう報告しているのか、興味があったから。
何を肴に『もちぬし』の部下たちが今酒盛りをしているのか、『もちぬし』には悪いが、俺は知っている。
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