第12話 勇者召喚12「レオンハルト様に生涯御仕え致します」

 神は私達が自由に生きる事を望まれている、か。


 わたしギリアムはグルンスロース公爵家の寄子であるビステン子爵家の三男として生まれた。ビステン子爵家は王国南東部、ルーアン州でも北方交通の要衝、王道おうどうの交わる町ヒンデン一帯を代々預かる名門だった。


 峻険しゅんけんな山々によってフソー王国の中でも隔絶された地勢を持つルーアン。代々の王によって敷設ふせつされてきた王道と云えども、狭い所では三メートル程の道幅しかない所が続き、大型な獣車じゅうしゃの類は通れない。物資の補給、流通で常に不利となるこの地では何事にも自給自足が奨励され文化的にも独自性が強かった。そのようなルーアンは自然と王国全土を覆う時代の流れからも守られていた。暮らし振りは裕福ではないが平和な土地だった。


 平和なルーアンでも栄えていると言える一部の地域、東と北から来た王道が交わるヒンデン、其処を預かるビステン家はそこそこに富裕で三男である自分にも満足な教育が施された。私は自分で言うのも烏滸おこがましいとは思うが、出来の良い子供だった。腹違いの嫡男たる長兄や、長兄に何かあった時の為の補欠、家の補佐を期待される次兄よりも出来が良かったと自負している。将来は何にでも成れると思っていた。


 しかし、今から思えばやはりと言うべきかそれが良くなかった。私が第二婦人である母上から生まれたと云うのも良くなかった。父上や兄上達からの覚えが宜しくない者共の関心を吸い寄せる事になってしまったのだ。そうして其れが父上や兄上の目にも留まり始めた頃、私はレオン様と引き合わされた。レオン様が四歳、私が十一の時だった。


 当時のレオン様はまだ病を得ておられず、可愛らしい緑色の目をクリクリとさせた活発な方だった。父上や公爵エイデン様にとにかく一緒に遊んで来いと公爵家の屋敷の庭に放たれて、動き回るレオン様について回った。


 レオン様は好奇心旺盛で、庭に植えてある草花の名前や虫の名前などを私にお訊ねになられてくるのだが、国の歴史やら剣術やらにはそこそこの覚えがあっても、レオン様が知りたい事には禄に答えられなかったのをよく憶えている。


 しかし、なにしろレオン様が愛くるしかったのを一番に憶えている。当時の私にはまだ妹も生まれておらず、年下の小さな子供の相手をしたことなど無かったので一生懸命追いかけた。子供というのはここまで奔放なものかとか、なんで突然走り出そうとして転んでしまうんだとか、なんで植物の棘だの虫のトゲトゲしたのに触ってしまうのとか、一瞬も目を離す事ができない。そして何故か侍女の一人も付けられていない現状、私がレオン様を御守りしなければ。そんな事を自然と考えていた。まあ、今の私の への愛情を思えば、自分で知らなかっただけで私は元々もともと子供好きだったのだ。


 そうやって一時いっときほどを過ごして、レオン様がお食事の時間となり、私達も公爵様、カタリナ公爵夫人(レオン様の御生母)と昼食を御一緒させて頂く事になった。レオン様の事が気になった私だったが、レオン様は別室で姉君と御一緒に食事をされているとの事だった。


 和やかな雰囲気で食事が済み、食後のお茶を頂戴している頃になってエイデン様が私に改まってお訊ねになられた。


「ギリアム、レオンハルトと遊んでみてどうだった。レオンをどう思ったかな?」

「大変活発で好奇心旺盛で、それにとても愛くるしい方だと思いました」


 私は思ったままを真正直に答えた。


「ふむ。レオンも嫌がらずに楽しそうにしていたようだ」

「はい、ですがレオンハルト様がお訊ねになる色々に充分にお答えすることが出来ず、私もまだまだ勉学が足りないと思いました」


 エイデン様はまたふむと頷いて「お前は真面目だな」とお笑いになられていた。


 そんな事があってから一月程したある日、しつこく母上に御機嫌伺いの書簡などを送ったり目通りを願っていた下級貴族や商人たちが何故かパタリと途絶えた頃、私は父上の執務室に呼び出された。父上の執務室に呼ばれるなどと云う事はお叱りを受ける以外ではほとんど無かった事なので、私は自分でも気付かないうちに何かをしでかしていたのではと戦々恐々としながら扉を開けて部屋に入ると、開口一番父上はこのように言われた。


「ギリアム、お前には公爵家のレオンハルト様に仕えてもらう事になった。エイデン公爵様から直々の御声掛かりだ」


 私は驚いて声も出なかったが、この間の顔合わせが私とレオンハルト様の相性を見る為か私の人品じんぴんを見る為だったのだろうと思われた。


「父上、大変有難いお話だとは思いますが……」

「何だ、不服か?言っておくが断れる話では無いぞ?」

「いえ、特に不服という事ではないのです。ただ、レオンハルト様はまだ幼くていらっしゃいます。仕えると言ってもどうお仕えすれば良いのでしょうか?」


 この話が断れる話では無いのは私にも理解できていた。父上はビステン家の中で御家騒動の種と成りそうであった私を少し早く家から出そうと云うのだろう。最近の貴族子弟は十二から十五の三年は王都の王立学院に入学して、学問をしたり見分や人脈を広める。本来であればその卒業後に進路を決めて家を出る事になる


 私としても家に居続ければまずい事になるとは思っていたので、卒業後は王都に留まって役人になる事を目指すか、武の方面に行くなら王道騎士を目指そうかと考えていたのだ。その考えはまだ誰にも話した事は無かったが、父上も家から距離を置かせたいという点では同じ事を御考えであったのだろう。恐らくは母上に、延いては私に纏わり付いてきていた有象無象が消えたのも父上が何事か為されたのだろう。


 しかし、あの幼いレオンハルト様に仕えるとは何をすれば良いのだろう。家庭教師のような事は私では不足だろう。公爵家ならばそれなり以上の一流の者が既に居るはずだ。


「それなんだが、レオンハルト様が五つに成られるまでは遊び相手を務めつつレオンハルト様と親交を深めれば良いと云う事だ。その後はレオンハルト様にも本格的に家庭教師が付いての勉学や訓練が始まる」

「はい」

「そうなるとお前にも別に教師が付いて従者としての教育を施してくだされる。その後はレオンハルト様が学院にご入学の時には侍従として同行し、ゆくゆくはレオンハルト様の補佐を務めるように成ってほしい、とエイデン様は仰られておられた」

「成る程」


 これはかなり良い話だろう。何処の家でも同じであろうが、次男というのは跡継ぎの控えである。御嫡男が無事に後を継がれても高度な教育を施された次男というのは当主の補佐として重用される。公爵邸のお庭で御一緒したあの日から、私はレオンハルト様の事が気になって家族を含め家中の者に色々な話を聞いた。その中には公爵家の御子様方は全員が良好な関係にあると云う話もあった。ならばレオンハルト様の将来も明るいものだと思われるのだ。勿論、その一の臣となれば私の将来も明るい。


「謹んで御受けいたします」


 私は公爵様と父上の意向を全面的に受け入れた。正直言ってしまうと渡りに船というやつだったのだ。私は中央に出て官僚や騎士になど成りたくなかった。王都に近付けば近付く程に人族以外への差別が酷いと云う話は知っていたし、当時から国が荒れる兆候が見えていた。まさか数年で今ほどに激変するとは思って居なかったが。


「公爵家に参って、レオンハルト様に生涯御仕え致します」


 それに私はあのレオンハルト様に御仕えしていくのも楽しみにしていた。あの綺麗な緑の瞳の輝きを憶えていれば、どのように成長なされても仕えていけると思えた。


 その後、私は国土が荒れるにつれて危機感を募らせて近衛騎士を目指すようになり、レオン様が病に臥せられるようになってからはお世話と医学、薬学などの勉強に明け暮れた。


 斯様かように私は貴族社会と状況に流されてその都度目指すところを変えてきたような男だ。周囲の者たちは私を冷静沈着で勤勉な忠義者などと評する、だが私自身が私をよく知っている。


 ただ、私はその都度選択してきた。私がやりたいと思う事を。


 このような私の如き者の自由でも神は御照覧くださっているだろうか。私は皆に語っているレオン様の御姿を見ながらそんな事を考えていた。



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千年勇者 勇者は家に帰りたい 朽雪 @yukunari

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