第11話 勇者召喚11「神は其れを望まれている」
俺は今、横に座った姉上に頭を抱き締められて撫でられている。
正直ホッと落ち着いている。私の中のレオンな部分が安心しきっている。あちらの世界での、日本人の俺には兄は居ても姉は居ない。今迄に俺が身体を預かってきた人達の記憶にも妹は居ても姉は居なかった。未体験な感覚だった。子供の頃、母に抱き締められた事はあったのかもしれないが、正直よく覚えていないほど昔の事だ。
この安心感、これだけでレオンがどれだけ姉上を愛していたか解る。しかし安心はするが三十歳だの四百歳だのという俺には少し恥ずかしかった。だが抵抗する意思が奪われて困る……これがバブみか……。
「なあ、レオ様。先程から見ていて思うのだが、四百歳にしてはお前はちょっと幼すぎないか、性格が」
「うぐ……」
俺がオギャっていると、最も言われたくなかった事を言われてしまった。
「アマリア、これは仕方ない事なんだ。私には如何ともし難い事情があるんだ」
「シャーロット様に抱かれたままでフガフガ言うな。何か言いたい事があるならこちらを見てしっかり話せ」
仕方がないので名残を惜しみながらも姉上から離れる。「姉上、もう大丈夫です」と小声で伝える。姉上には色々な事を見透かされている気がする。いや理解して貰えている気がする。嬉しいやら恥ずかしいやら。
「アマリア、お前初恋は幾つの時だ」
「は?唐突になんだ。まだ恋をしたことは無いが」
話の触りにアマリアに訊ねてみたんだが、予想外の答えが返ってきた。
「は?お前姉上と同じで十八だろう。恋をしたことがないとかあるのか」
「あ?無いと悪いのか?あん?」
いや、怒るなよ。悪くは無いんだが王立学院とかで誰か居なかったのかよ……。くそ、どっちにしても話の始めは失敗だ。切り口を変えよう。
「いや、悪くない。忘れてくれ」
「いや、忘れられるか。人を何か欠陥があるみたいに言っておいて」
「いや、すまん。そんな積もりは無かったんだ。ただ意外な答えが返ってきて驚いただけだったんだ」
「……レオ様、そいうところだ。正直十二歳のレオン様よりお前は色々と配慮が足りないと思う」
もの凄く苦々し気な表情で言われた。
「レオンよりも子供っぽいと言われると私にも言いたい事はあるんだが……、まあ話を戻させてくれ。大体普通の人は幾つくらいで異性に興味を持って、恋したりするようになると思う?」
私が本当に言いたかったのはこちらだ。要は第二次性徴を迎える頃、思春期は何時頃から来るのかという話に振りたかったんだ。
「そうだな、それはまあ興味が出るのが何時頃かと言われれば五つや六つの頃なんじゃないか」
あー、そうなるか。言い方が悪かったか。
「いや、そうではなく異性を性的な目で見るようになるって意味でだ」
「レオ……お前は私に何を言わせるつもりだ!」
アマリアが顔を赤くして、腕で胸を庇うような姿勢になって抗議してくる。顔が赤いのは怒ってるからか?それとも恥ずかしいからか?いやすまん。配慮が足りなかった。ホントにスマン。
「あー、スマン。本当にそういう積もりでは無かったんだ。えーとアマリアには訊き辛くなったので、ゴメン悪いけどギリアム答えて」
「承知しました。私は十歳頃だったかと思います」
ノータイムで答えたな。いつも冷静な男だけど、こういう下世話な話題でも躊躇無いんだな。新たな一面を知った気がする。いやアマリアもだけどさ。あんな女子っぽい反応が返ってくるとは思わなかった。
「うん、だいたい普通の人族は個人差はあってもそれくらいのはずだね」
「はい、そのように思います」
「それでだ、何故そのようになっているかと言うと、私達の身体がそのように出来ているからなんだ」
やっと話が進んだぜ。話を振る相手を間違えただけでえらく遠回りをした気分だ。
「そのようにとはどういう事なのですか。神がそのように定められた、という事なのですか?」
これは姉上。ああ、姉上にも俺は幼いと思われているんだろうなあ……恥ずかしいなあ。
「姉上、それはこの世界の生き物は全て神がお創りになられたという意味ではその通りです。ですが今お話しているのはもっと細かい部分の話で、言ってみれば私達の身体にどのような仕掛けを神様が造られてその様な変化が顕れるのか、というお話なんです」
「まあ!それはつまりレオンは神がどのように
「……そこまで大それた事は言えませんが、あちらの世界では医学やらの学問である程度解き明かされているんですよ」
「それは……凄まじい事ですね。異世界の学問はそこまで進んでいるのね……」
そう言われると確かにそうなのだろう。だけどこっちの世界の神様がどうやって生き物を創ったのか、俺の居た世界と同じとは限らないんだよなあ。いままでの経験上、生物の構造に大きな違いは感じた事が無いので向うの医学知識は通用するものだと思っているけれど。
「話を戻しますね、それで何故人は人を好きになったり性的な関心を持つようになるのかと言いますと、身体が成長して子供を造れるようになるからなんです。子供が造れる身体になると伴侶を求めて精神にも変化が訪れる、そういう風に言われています」
「それは……」
「納得し難い話だな」
俺的には当然の知識を言ったつもりだったのだが、姉上もアマリアも困惑だったり不愉快そうだったり、ギリアムでさえ渋い顔をしている。何かおかしな事を言ったかな??
「つまりレオ様は、我々は子孫を残して繁栄するためだけに人を好きになり子を成すと仰られるのですか?」
ギリアムが皆が今感じているであろう事を言ってくれた。
「あー、なるほど。すっかり忘れていたけど、私もこの話を初めて聞いた時には同じ様な事を思ったなあ」
「レオ様もやはり御不快に思われましたか」
「そうだね。うん。私としてはそれは違うと言いたいし、産めや増やせや地に満ちよ、なんて理由で妻を好きになった訳でも無ければ、娘を愛している訳でもないと言えるよ」
ああ、急に優里ちゃんと里奈を思い出したら会いたくなってきた。ああ。家に帰りてえなあ。
「まあ、それでも神様がそういう意図で我々を創られたというのはまず間違いない。私達が繁栄するようにね」
「……そうですか」
ギリアムもアマリアも姉上にも、ちょっとショッキングな話だったのかもしれない。なんでこんな小学校の性教育に哲学を混ぜたような話をしているのか分らなくなってきたが、もう少しお話しておこう。放っておくと深刻な悩みになりかねない。なんだかんだ言って彼らはまだ十代の少年少女なんだから。
「これはあくまで私見なんだけどね、そう深刻に考えなくて良いと思うんだ」
「……何故ですレオン。神がそう望まれているのでしょう?」
「姉上、確かにその通りなんですが、神様はそれだけを望まれている訳でも無いと私は思うのですよ」
「それはどうして?」
俺は元の世界の宗教についてはついてはあまり詳しくはない。ひょっとしたら神様を侮辱しているとか言う人も居るのかもしれないんだけど。
「神様が私達が繁栄して数を増やす事だけを御考えならば、もっと効率的に遊びの無い、余分の無いものを創られたと思うんです。極端な話をしてしまえば、人を好きになったり愛したりする必要だってないと思うんです」
まあ、それすらも遺伝子の組み合わせが良いものを探しているとか色々と理由は付けられるんだけど。
「例えば全く同じ身体を持って生れてきた二人が居たとしても、育った環境や、経験した出来事なんかで似ても似つかない人になると思うんです」
これは確信を持って言える。何故なら同じ身体を持っているのに、レオンとレオは似ている所はあっても別人だ。
「そうすると、当然として好きになる人も伴侶に求めるものも変わってくるでしょう。なんなら結婚なんてしたくない、一生一人が気楽で良い、なんて人も出てくると思うんですよ」
「ええ、そうね。そうなると思うわ」
「ですよね。ほら感情とか余分なもののせいで子供を造らない人が出てきてしまったでしょう?」
「あら、本当ね」
自分でも詭弁じみているとは思っているんだけど。
「その上で、神は失敗など為さらないと、神様の為される事を信じ切るのなら」
まあ私は女神様しか知らないけど。
「神は私達が自由に生きる事を御認めくださる。神は其れを望まれている。私はそう思います」
本当になんでこんな事話してるんだろう。ひどい脱線だ。
あー、優里ちゃんに会いたい。自由に家に帰れるようにならないかな。ならないよな。今回も呼ばれた理由があるはずだ。それを何とかする事を望まれているのだろうから。
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