第10話 勇者召喚10「貴方がもう良いと言うまで」

 初代勇者ベルディン・ゲートリクス・デ・フソー勇者王陛下。


 現在まで脈々と続くフソー王家の始祖。圧倒的多数で押し寄せた獰猛なる魔獣の群れを退けた人類世界の守護者。その御名みながレオンの口から発せらると、その衝撃に唖然とするばかりのわたくし達を置いて、最初にひざまずいたのは、それまで一切の口を挟まずに後ろに控えていた勇者教の面々でした。


「初代勇者ベルディン・ゲートリクス陛下!御帰還お喜び申し上げまする!」


 突然、教皇様が今迄に聞いたことも無かった大音声で言上された。思わずビクリとしてしまいます。今日は驚いてばかりいます。


「五月蠅いぞ。止めよミツアキ。姉上を驚かせるんじゃない」


 それに対してレオンが非常に不愉快そうに眉根を寄せて答えた。物凄く尊大な物言い。だけれど、レオンは勇者様だから良いのですね。勇者教徒の皆さんにとっては信仰の対象なのですから。


「それに私をベルディンと呼ぶな。レオと呼べと言ったぞ」

「申し訳御座いません!勇者レオ様!」

「だから五月蠅い。声を落とせ。あと勇者を付けて呼ぶなとも言ったはずだぞ」

「申し訳御座いませんレオ様」


 何度も叱責しっせきされて教皇様が顔も上げずに平伏したままで震えて居られる。勇者教徒にとっての勇者とはここまでのものなのですね。


「アマリア、ギリアム、私達も跪いて平伏を。ここは教皇様方の御作法に従いましょう」

「は。承知しました」

「いや、シャーロット様、それは……」


 ギリアムはすぐに私の後方に並ぼうと動き出し、逆にアマリアはその場で反駁はんばくしてきます。勇者王様は私達からしても建国の父と言える御方。何も不自然では無い。それをアマリアにも言い含めようとした所で今度はレオンが大きな声を上げました。


「ちょっと待ったーー!待って、待って下さい姉上!」

「な、なんですかレオン様。急に大きな声をお上げになって……」

「いや、急は姉上です。私に向かって跪くとか本当に止めて下さい、お願いします。敬った言葉遣いも止めてください」

「でもレオン様は勇者王様なのでしょう?国父様ですよ?私は勇者教の方々がなされている様にするのが当然だと思うのです」

「いや、急に様付けで呼びださないでください。姉上を跪かせて平伏させるなんて私が悲しくなるので止めてください。お願いしますから」

「でも……」


 私が尚も言い募ろうとするとレオンの矛先が教皇様方に向かいます。


「ミツアキ!貴様等もさっさと立ち上がれ!さっきまでピクリとも動かなかった癖にいきなり跪くな、姉上が気にされるだろうが」

「は!畏まりした。御無礼して立ち上がらせて頂きます!」


 言うが早いかすっくと立ち上がって居住まいを正される。本当に勇者様に対してはよく訓練された兵士達のような服従ぶりです。これも見習ったほうが良いでしょうか。


「く……!とにかく姉上はそのままで、いやこの寝台に腰掛けてください」

「私だけ座らせて頂くなんてとんでもありません。むしろレオン様が使ってください。この場で一番の上位者は貴方なのですから」

「いえ、その理屈ならば私が姉上を敬うのは当然の事のはずです」


 レオンが泣きだしそうな顔で訴えてきます。何故そんな顔をするのです?


 押し問答を続けているとアマリアが呆れたという様に言いました。


「もう二人で座れば良いではないですか。今はそのように問答している時ではありません。病み上がりのレオ様とその姉君であり女性であるシャーロット様がお座りになると云う事で」

「たしかにその通りですな。この場の上位者はお二人という事で教皇様方も異論はないのでは?」


 ギリアムもアマリアの意見を後押しします。


「異論御座いませんな。シャーロット様は勇者様の姉君となられましたしな」


 教皇様は勇者様がそう望まれるのであればなんでも良いのではないでしょうか。


「レオ様もそれで宜しいですね。お座りください」

「む……」


 アマリアの話し方に何やら含みがあるように感じます。何か納得しかねますが、レオンも納得したようなので仕方がありませんそのように致しましょう。


「勇者様とは云え、ご姉弟が並んで座って何もおかしい事などありませんよ、シャーロット様」


 アマリアにそう言われて隣に座ったレオンを見やります。まだまだ私より随分と小さい。


 こちらを見上げてくるレオンの栗色の髪も、翡翠の瞳も何も変わって居ない。


 実を言えば……私は年齢や勇者王様のお話を聞いて、この方にどう接すれば良いのか分からなくなってしまっています。今迄の振る舞いを見て、やっと勇者であるレオンに異質さを感じてしまっているのです。貴方はどれくらいレオンなのですか?


「レオン。貴方は私の弟。それで良いのですか?」


 これまでの話し振りから見て彼が勇者召喚を好ましく思っていないのは明白です。なのに何を思って私にだけは下にも置かない態度で接するのか、それが不安で口に出して確かめてしまいます。


「姉上、私は貴方の弟です。そうでないと困るのです」


 私の目を見上げてレオンが言います。


「困るのですか?」


 二人にしか聞こえないように声量を落としてレオンが続けます。


「困ります。姉上が居ないと不安になってしまいます」


 勇ましい者と書いて勇者。私達が勇者にしてしまったレオン。


「どんな不安があると言うのです?」


 勇者の貴方にも不安があるのですか。


「……四百年なんです。私が最後にこの地を踏んでからそれだけ経っているんです」


 四百年、とても長い時の向こう。私には想像もできない遠い所。


「もう誰も生きていないかもしれません」


 寂しい、悲しい、長い時を生きて来た貴方でもそういう気持ちがあるのですね。レオンの顔をしているのだから見れば解ってしまします。


「アマリアやギリアムでは駄目なんです。どうしても前より遠くに感じてしまう」


 貴方にとって私がアマリアやギリアムとどれ程違うと言うのでしょう。私の知らない世界から来た貴方に。


「……レオンは本当に姉上が大好きです」


 ……。


 いきなり愛の告白のような言葉を言われると少しドキリとしますね。ましてやレオンを可愛い弟とだけ信じられなくなっている今は特に。


「そのレオンの気持ちの大きさだけが何処かで他人を見るような私の思いを塗り潰してくれるんです」


 異なる世界から来た貴方には私だけが心休まる相手、そういう事なんでしょうか。


「だから姉上、貴方が居てくれないと困ります」


 そんな情けない顔で言わないで下さい。素敵な殺し文句ですのに。できれば弟ではなく素敵な殿方に言って貰いたかったものです。


 もう仕様がないですね。


「ハァ……それは困りましたね。姉離れできない弟を持つと大変です」

「御免なさい姉上……」


 もうレオンと貴方が望むのでしたら、細かな事は気にしない事にしましょう。


「謝らなくても良いのです……私も弟離れできていませんから」


 せっかく元気になったのですから、もう開き直ってしまって楽しく過ごしていきましょう。


 貴方はこれからも私の弟レオンです。


「貴方がもう良いと言うまでは傍にいてあげます。レオン」










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