第9話 勇者召喚9「ベルディン・ゲートリクスだよ」

 四百年か。長かったな。長いようで短かった等とはとても思えない。普通の人間には四百年は長すぎるんだよ。


「レオン……四百年……ちょっと分からないわ。レオン、もう少し詳しくお願い。それに、あなたが勇者である事を隠す事にどう関わってくるのかも」


 姉上は少し混乱されているようだが、他の二人よりはまだまだ冷静な反応と言えるかな。二人とも言葉もないという風だ。勇者教どもは相変わらず静かに佇んでいるだけ、と。


「そうですね。皆もしっかり聞いて、質問や疑問があれば都度つど口にしてください。私が一人で話すといろいろと伝わらないかもしれないので」

「分かりました」

「ああ……」

「承知しました」


 三者三様の返事をくれる。本当なら質疑応答にしてしまいたいくらいだ。なにしろ長い事生き過ぎているので、その時代の常識的な知識もどこまで伝世でんせいしているのか分からない。レオンの知識を受け継いでいるから、現代の常識は分かるけどレオンの知識が全てと云う事も無いだろう。


「では改めて……私が初めて召喚されたのはおよそ千二百年前。当時の人の社会は今在る国という国はまだ興っておらず、どこもかしこも部族単位やその連合体がある程度の緩やかなまとまりしか無い状況でした」

「我が国の建国記にも記されている建国以前の世界ですな」


 ギリアムが私の言葉に裏付けをするように補足してくれる。うん、助かる。


「その通り。建国記をちゃんと読んでいるなんてなかなかの勉強家だねギリアムは」

「いえ建国記は我が国最古の英雄伝説ですから。武門に生まれた者なら子供の頃に一度は手に取るはずです」

「まあ、あれは読み物としても面白いからね」

「はい」


 良い笑顔だな。好きなのね。まあ題材にされた本人は結構笑えない。英雄とか……ねえ。


「じゃあ、そんなギリアムは私が誰に何の為に召喚されたか分かるかな?」

「それは……北の魔女……でしょうか」

「待て、待ったギリアム殿。けいは何を言っているんだ。そんな事が…!」


 やっと思考力が戻ってきたらしいアマリアが困惑しながら口を挟んでくる。


「そうは言うがアマリア、私には千二百年前の勇者様など一人しか思いつかない。そしてそうであれば目的は人類世界の守護と魔獣の駆逐……」

「正解。でも不正解かな」


 ニヤリと笑いながら言ってやる。まあ意地悪問題みたいなものだしね。当時を生きてない人間は真実なんて知りようもない。


「どういう事だレオ。どういう意味だ!事と次第によっては不敬罪で捕まるぞ!」


 詰め寄ってくるアマリア。この私に不敬罪か。何の冗談だという話だが。というか私達反乱軍だし今更だろう。まあ身の上話を続けるか。


「まあ聞いてくれ。私を召喚したのは遥か北方からやってきた部族の呪術師でな。北の方の勢力争いで負けて部族ごと南に逃げて来たのは良いが、もともとこの地方に居た奴らにも追い立てられて、当時はなんとか生き残っているという有様だったのさ」

「……北の魔女ではないのか」

「まあ、女だったぞ。ごく普通の女だったが。魔女なんて言われるような女では無かったんだがな……」


 どちらかと言えば善良な女だった。仲間達の為に術の研鑽に励んでいただけだ。


「呪術師なんて呼ばれるが、実態は巫女とか神官のほうが近いんだよ。その女はただ部族にこれからの道を示す為に工夫を凝らして神託を得ようとしていただけだった。我らに救われる道を御示しくださいって」


 皆黙って聞いている。


「で、研鑽の甲斐あって、果たして願いは聞き届けられた。予想もしなかった形で神託は下った。なんと神は御使いを遣わされた。遣わされた本人である私以外は皆こう思った。導き手が顕れたと」

「お前……」


 アマリアが何故か私の顔を見て眉を寄せている。


「なんだアマリア。何か言いたい事があるなら言え」

「……いい。話を続けろ」


 気になるじゃないか、そういうのやめろよな。まあ、言われなくても話は続けるが。


「召喚されてからは幾つも与えられていた女神様の御加護のお陰で、既に戦で亡くなっていた族長の後釜に据えられてな。戦には連戦連勝。あっという間に勢力を伸ばして地盤を築けた」

「そこまで出来るのですか。女神様の御加護の御力と言うのは」


 ギリアムはやっぱり英雄とかが好きなのかな。そこが気になるのね。


「出来たな。まあ、その頃には私もすっかり染まっていた。このままこの世界で骨を埋める。仲間達の為に戦って死ぬ。そんな風に思っていた」


 あえて女神の加護の内容は言わない。あまり広めたくない。まあ俺が活躍できたのは勿論女神様の加護の力だけじゃないが。


「まあ、そうやって戦って安住の地を手に入れて、こちらに来てから十年程が経った頃に始まったんだよ。魔獣の氾濫が」

「やはりそうなるのですね……」


 これは姉上だ。当然姉上も建国記は読んでいるだろう。王家の血筋に連なる公爵家の娘だ。当然の必修科目だろうな。数年前までは王立学院もまだ機能してたみたいだし。


「まあ、後は魔獣と戦って戦って、戦力を結集する為に周辺部族と連合したり傘下に収めたりして気が付いたら魔獣の氾濫を押し返して、何時の間にか国が出来ていた」


 あそこで躓いていれば、魔獣共に私達が滅ぼされていれば、あるいは道半ばで私だけが死んでいれば……今頃日本で家族と平和に暮らせていたのだろうか。


「それで……レオ。お前の最初の召喚の生贄は誰なんだ」


 アマリアはズバリと訊いてくるなあ。わざわざ避けて話していたのに。


「一応、北の魔女なんて呼ばれてる彼女の為に言っておくと、生贄なんて捧げる気は無かったんだ。たまたま隣の部屋で戦傷を負って療養中だった男がいてね、女神様が勝手に接触を持った訳だ。そして男は承諾した訳だ」

「そんな事情はどうでもいい、勿体ぶるな。早く言え」


 おまけにせっかちだな。アマリアはもう少しほんとになんとかした方が良いと思う。おくゆかしさとかたおやかさとか。


「もう解ってるだろうに私の口から言わせるなよ。自分で勇者王とか言うの恥ずかしいんだよ。ベルディン・ゲートリクスだよ。人類世界の守護とか魔獣の駆逐の為に呼ばれた覚えなんて無いけどね」


 ホントに誰だ、勇者王とかおくりなした奴は。合体変形とかしそうじゃないかよ。光にしてやろうか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る