第8話 勇者召喚8「四百歳くらいだと思います。私」

 曲りなりにも公爵家の近衛騎士を拝命している私が感情もぎょせずに子供のようにシャーロットの胸に縋り付いて泣きじゃくってしまった。しかもギリアム殿と元レオン様という二人もの殿方の前で……。本当に恥ずかしい。このままシャーロットの胸に顔を埋めたままで隠れていてはいけないだろうか……。


 それにしてもレオン様が何事も無くとは言えないが、こうして存命しておられ、しかも立ち上がって何か偉そうだが話も真面にできるというのは単純に嬉しかった。儀式に臨まれる前までの数か月間などは、最早寝台から降りて歩く事もままならず、夜になれば咳がひどく出て眠りを妨げ、起きていても何時でも息が細く苦しそうであられた。それがどうだ、今はハキハキと話し、身振り手振りまで交えて溌剌はつらつとしておられる。向こうでの二人の会話の様子は途中から所々ところどころ聞こえてきていたが女神様の加護だとか。こんな事ができてしまわれるのだな女神様は。奇跡だな。


 しかしあの話し方はなんとかならないか。レオン様のお顔で少し尊大な感じで偉そうに話されると違和感がある。いや文字にでも起こしてしまえば公爵家のご次男であらせられるレオン様の話し方とそう変わりはしないのだ、だが表情や態度が違いすぎる。有体ありていに言ってしまえば腹が立つ。今迄のレオン様には無かったという事は、あの異界の勇者に由来する部分なのだと思えば余計に腹が立つ。


「おい……貴様……」

「おい貴様とはなんだ近衛騎士アマリア。やっと泣き止んだかと思えばなんだ近衛騎士アマリア。少しは身分という物を弁えろよ。騎士爵といえど貴族の端くれだろう」

「そうですよアマリア。先程から勇者様に対してもレオンに対するにしても無礼すぎますよ」


 む。シャーロット様にまで窘められてしまった。確かに勇者に対してはともかくレオン様に対しては無礼な気もする。


「では勇者レオン様……」

「私の事はレオと呼べ。正し余人よにんの前ではちゃんと様を付けろよ」


 む。偉そうに。しかしレオか……レオン様ではいけないだろうか。


「今迄通りにレオン様と呼んではいけないのか」

「いけなくは無いが……ややこしいから改めたい所だな。「以前のレオン」とか「今の私」なんて呼称を何時までも使いたくはない」


 思いの他情けない声で私が訊ねると、レオン様……レオは苦笑いを浮かべながら答えた。


「それに先程も言ったように私は既にレオンであってレオンで無いんだよ」


 そう言われてしまうと少し寂しい。が、それを認めない訳にもいかないだろう。それを否定してしまう事はこの自称レオを否定する事になってしまう。


「分かった。これからはレオと呼ぼう」

「ああ。そうしてくれ。これからも宜しくアマリア」

「ああ……」


 やはり態度が大きすぎると思いながらも承諾したところで、今度はシャーロット様からレオに声がかかる。


わたくしもレオと呼ばないといけないのかしら」

「そうですね姉上。そのようにして頂いた方が会話がしやすいのではないかと思います」

「でも、正直に言ってしまうと私、あまり今のレオンと以前のレオンが変わらないように思っているの。元気になったようで、それは喜ばしいのだけれど」


 シャーロット様にはそんな風に感じるのか。シャーロットが大らかだから細かな違いが気にならないのか、それとも私が違和感を気にしすぎていたのか……。


「ふむ……。姉上がレオンと呼び続けたいのであれば、私はどうしてもとは言い辛いです。少し嬉しい気もしますし……」

「そうですか。でしたらレオン様と呼ばせていただきますね。もう勇者様なのですし」


 この勇者、シャーロットに弱すぎないか。まあレオン様と一つになったからなのだろうが、何か私との扱いの差に釈然としないものを感じるな。


「ああ、いや。姉上、私に勇者を冠するのは止めてください。ただレオンと呼んで頂ければ結構ですので」

「あら、それでは周りの者に示しがつかないわ。先程貴方も身分を弁えろと仰っていたでしょう?」


 その通りだと思う。私も人前ではレオ様と呼ぶ事が当然であろうと思うし、勇者様とあえて呼ぶ事で周知していかねばなるまい。なにしろ見た目に関してはレオン様がお元気になられた以外の変化がないのだ。しかし勇者様の存在は希望そのもの。領民や公爵家に仕える者共にもどんどん広めて鼓舞していかなければ。


「いえ、違うのです姉上。そういう事では無いのです。私は勇者である事を隠したいのです。勇者召喚が成功したという事実を隠蔽したいのです姉上」

「……どういう事ですか?」


 何かひどく切実な様子だった。とても皆を鼓舞する為に喧伝するのが当たり前だと、頭ごなしに否定する事ができないような……。何か事情がある、そう考えてかシャーロット様もお訊ねになる。


「それはですね姉上……。そうですね、私は何歳だと思いますか。勿論もちろん、このレオンの身体がという事ではなくて」


 レオは何か言いあぐねて話の触りなのか自分の年齢について聞いてきた。なんだ急に、城の女官どもか。面倒だぞ。


「それはあちらの世でという事でいいのかしらレオン。それなら先程聞くとは無しに二十九だと聞こえたのだけれど」

「ああ、いいえ。そういう事でも無いのです。確かに肉体年齢なら十二歳、あちらの世界でなら二十九なのですが……」


 こいつにしては歯切れが悪い。ずっとハキハキと偉そうに話していた癖に。そんなに言い難い事が歳の話であるものだろうか?


「まあ、最初から話しましょうか」

「最初から?」

「ええ、私が初めて召喚された時の話です」


 初めて召喚された時だと?つまり今は初めてではないと?


「私は今から千二百年程の昔に初めてこの世界に召喚されたんですよ」

「は?なんだと?」


 自分より身分が上の者同士の会話なのに、驚いて思わず差し出口を挟んでしまう。


「千二百年です。この扶桑ふそう王国が誕生した頃。その頃に俺は初めて召喚されて勇者と成ったのです。いや成ってしまった……かな」


 言外に成らなければ良かった、成りたくなかったと言っているレオ。千二百年前?ならばレオンは千二百歳だと!?


「ちょっと……いえ、少し待ってレオン。えーと、つまりレオンは…いえ勇者様は千二百歳だという事……ですか?」


 シャーロットも動揺してかなり言葉が乱れている。


「ああ、いいえ。勘違いさせてしまいましたね。こちらとあちらでは、時の流れの速さが違うんですよ。流石に千二百歳はないです」

「あ……違うのですね。驚きました。千二百年も生きているというのはちょっと……想像もできない事で……」


 私も驚いたぞ。驚かすな。エルフの長老達でも五百年程しか生きていないはずだ。ましてや人族ならば普通は五、六十年。どんなに長くても百年に届くかどうかだろう。


「通算するとそうですねぇ……だいたい四百年。うん四百歳くらいだと思います。私」

「な……」


 何を言ってるんだこいつは。今度こそ絶句した。




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