第6話 勇者召喚6「どれくらい勇者をご存知ですか?」

「悄気てなど居りません。説明を始めます!」


 くそう恥ずかしい!姉上の前でなんたる無様を!


 つい姉上との会話が嬉しくてテンション上がりすぎて無様を晒してしまった。俺は本当にアマリアを煽るつもりなど無かったのだ。あえて姉様と呼んだのも私は昔と変わって居ませんよとアピールしたつもりだったのだが、俺を疑っているアマリアは一瞬でキレた。冷静に考えれば悪手になりそうと判りそうなものだが、テンション上がってて、あと姉上との会話に割り込まれたのにイラっとしていたのか煽るような態度になってしまった。いや煽ってたな、あれは。


 俺の地の性格の悪さとレオンハルトの子供らしい部分が合わさって鼻持ちならない小僧が出来上がっていた……。いかん軌道修正しないとこれから話す内容も信憑性が下がってしまう。しっかりと本来の俺のように振舞わないと。


「まず初めに勇者とは何かからお話したいと思いますが、皆さんはどれくらい勇者をご存知ですか?」


 気を取り直して話し出す。説明すると言いながらも質問から入ると正面に居た姉上が応えてくれる。


「勇者様ですか。そうですね……時代の節目となる時、世の中の大事が起こった時などに女神様が遣わされる御使い。類稀たぐいまれな武術や魔術を、あるいは知略、人徳などを以って災いを払い世を正し平和をもたらす。そのような者であるとお父様や教皇様から伺っています」

「そうですね、概ねその通りです」


 立ったままでお話するのもなんなので姉上に寝台に掛けていただこうかなと考えていると、アマリアが不愉快そうに眉を寄せながらキツイ口調で訊いてくる。


「概ねだと?そう言うからには何が違うと言うのだ」


 うむレオンハルトは主筋あるじすじの人間なのにその口の利き方はどうかと思うよアマリアさん。まあ色々と納得がいかないからなのだろうけど。ほら、姉上も眉を寄せてるし。


「女神様が使わされるという所です」

「何が間違っていると言うのだ」


 とにかく噛み付きたいという感じだが静かに話を進める。


「たしかに女神様は許可を与え、お力を御貸しになられます。ですが決して女神様は主体的に勇者をお遣わしになられている訳ではありません」

「似たようなものだろう。姫様の揚げ足を取るような事を言うな」


 俺が気に食わないし俺の心象を悪くしたいのだろう。アマリアは良くも悪くも感情的で直感的な部分がある。姉上をよく判らない存在の俺から遠ざけたいのだろうと解っていてもイラっとしてくる。


「違います。女神様は勇者を召喚したりなされません。常に人が勇者を呼ぶのです」

「だから同じ事ではな…」

「全く違う。お前達が生贄を捧げて勇者を呼んだんだろう」

「ぐ…う……」


 おっといけない冷静にならないと。だが自分達が昨日やった事も忘れているような奴には腹が立つ。


「お前達は昨日、志願したとは云えレオンハルトを差し出して勇者を召喚したんだ。それを忘れるな……お前達が勇者を呼んだんだ」


 お前のせいで姉上達まで責める事になってしまっただろうが。


 ああ、姉上が悲し気な顔をしておられる。姉上の悲しい顔など見たくない…………なんならアマリアの泣き顔だって見たくはないが……。「私はレオンハルトです」と名乗った俺も悪かったかな……。


「姉上、そんな顔をしないでください。私は確かにレオンハルトであっても貴方達のよく知るレオンハルトではありませんが、以前の私に、彼に後悔など一片も無い事だけは解るのです」


 自分で責めたくせに何を慰めているんだか。姉上もアマリアもギリアムも辛そうな顔をしている。勇者教の奴らはやはりある程度解っているのか静かに見守っていて何の反応も無い。

 

 暗く静まりかえったお通夜のような雰囲気の中で最初に口を開いたのはアマリアだった。


「なぜ解る……お前に。レオン様であってレオン様では無いとはどういう事だ……以前の私とはなんだ……」


 良い質問だよ。それを解ってもらわないと何も始まらない。


「俺は異世界から召喚された勇者。そして同時に全てを捧げて俺を受け入れたレオンハルト・デ・グルンスロースでもある」

「……解らん…どういう意味だ…」


 暗い声でアマリアが訊いてくる。


「創生神話にもあるだろう。争いの神と決闘の神が合一されて戦の神という一柱になられたとか、そういう事だ」

「……お前は神ではなく勇者なのだろう?」


 むむ。どう言えば伝わるだろうか。姉上もギリアムも口を挟まずに話を飲み込もうとして居るようだ。もっと噛み砕いてみようか。


「俺は自分の事を勇者と名乗っているが、この世では無い別の世界の一人の人族の男だ。勇者召喚の儀式によりこの世に呼ばれたが、女神様の御力を以ってしても身体は持ってこられない。なので、勇者である俺の魂やら精神やら記憶やら経験やらを受け入れる器が必要になる。その為の器が生贄とされる人、それが今回はレオンハルトだった」

「……つまり儀式の時、レオン様の中に入って行ったものがお前だったのだな」

「そうだな」


 流石さすが感覚派。儀式の最中は真っ白の光の世界で何も見えないらしいのに俺の存在を感じていたらしい。もっとも俺は召喚されている最中は意識がない状態というか、よく解らない状態になっているので何も覚えていないが。


「そしてお前の話しぶりからすると、レオン様は居なくなった訳では無いのだな」


 ちょっと話し方から棘が減った気がする。


「その通り。レオンハルトは死んでもいないし消えて無くなった訳でもない、俺と一つになった」

「一つに……その一つになった、合一したと言うのがよく解らないのだ」


 困り顔でアマリアが言う。そうだろうな。普通の人間はそんな感覚を解る訳がないよな。


「混ざり合ったとか溶け合ったとか思ってもらえばいい」

「混ざり合う、溶け合う……」

「そうだなあ…………俺はあちらの世界で生まれて育って、仕事をして恋をして結婚して、妻も子供も愛している。兄も父も母も大事だ。けれどこちらで生きてきた年月としつきも覚えている。姉上の事も愛しているしアマリア姉様もギリアムも実の姉や兄のように思っている。囚われている父上や兄上が心配だし、民は護らねばならないとも思っている。だけどあちらの世界には早く帰りたい家族揃ってご飯を食べたい。普通に仕事に行って普通に家に帰りたい…………だけど、この世界も放っては行けない」


 何も整理せずに思ったままを言葉にしてみる。このほうがアマリアには伝わり易いかと思って。


「どちらも合わせての全て。そんな感覚なんだ」


目を閉じて何か考え、漸く目を開いてこちらを見ると彼女は言った。


「……そうか。なんとなく解った」

「これだけ説明してなんとなくか」


 それでもアマリアは、レオンハルトが居なくなった訳では無い事だけはちゃんと理解してくれたようで。涙を流しながら微笑んでいた。










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