第5話 勇者召喚5「私を姉様などと呼ぶな!!」

「初めまして姉上、勇者レオンハルトです!」


 レオンが目覚めた。わたくしはギリアムの報告を聞いて居ても立っても居られず、はしたないかと思いつつも急ぎ足でレオンが寝かされていた部屋に辿り着きました。そして顔を見るなりこのように、とても元気にご挨拶されています。


「これからも仲良くしていただけると嬉しいです!」


 戸惑ってしまいます。先程祭壇の上で少し目が覚めた時は全くの別人のように見えました。なのに今は幼かった時の病を得る前のレオンを思い出してしまいます。少しの間、方便として使った病気快癒のための儀式を教皇様が行われたのかと、それが成功したのではと夢想してしまいました。でも違います。先程レオンは初めましてと、勇者レオンハルトですと言ったのですから。


「勇者……勇者レオンハルト……ですか?」


 それにどのような意味があるのか、自分の名前に勇者と冠する事にどんな意味があるのか解らず殆ど鸚鵡返おうむがえしにしてしまう。


「そうです姉上!私は勇者となりました!」

「は……はい?……勇者?」


 何が嬉しいのかまたも元気よくお返事をしたレオンの言っている事はもっとよく解らない事でした。どうしましょう。だけどとても元気なレオンの姿は夢のようで私も少し嬉しくなってきてしまいますね。


「落ち着いて、少し落ち着いてレオン。よく解らないわ。もう少し私にも解るように説明して頂戴」


 そうお願いしてみるとハッとしたような顔をしてから恥ずかし気に言ってくる。


「申し訳ありません姉上。少し興奮してしまっておりました」

「いいえ、良いのですよ」


 微笑んで返すとまた恥ずかし気に俯いてしまう。そのような表情もまた可愛いレオンにしか見えません。


「レオン?」


 しばらく顔を赤くして下を向いていましたが、呼ぶとまたハッとして顔を上げてくれました。


「重ね重ね失礼しました姉上。ではご説明をさせていただきます」

「お待ち下さい!」


 レオンが居住まいを正して話しだそうとした時、それまで静かに成り行きを見ていたアマリアが大きな声をあげて遮りました。少し驚いてしまいます。


「どうしましたかアマリア。急に大きな声を出すから姉上が驚いておられるでしょう」


 少し苛立たし気な声でレオンがアマリアをたしなめる。


「あ……いや。シャーロット様申し訳ありません」

「大丈夫です。ほんの少し驚いただけです」

「いや、申し訳ない……いや!そうでは無く!シャーロット様、何を受け入れておられるのです!先程の祭壇での様子をご覧になったでしょう!」


 泣きそうな怒り顔でアマリアが訴えてきます。ええ、確かに見ましたけれど、先程のレオンの悲しそうに恨み事を口にする顔は忘れようもありませんけれども。今のアマリアも似た顔をしています。


「これはレオン様ではありません!確かにあの時感じたのです。レオン様の中に何かが入っていったと!あの時は良いもののように思えましたが今は!」

「悪いもののように思える、何か悪いものが憑いたのではないか、そう言いたいのですか」


 必死で訴えるアマリアの言葉を引き取ってレオンが不機嫌そうに言いました。


「酷い事を言いますねアマリア姉様は。その感覚だけで物事を判断するような所は直した方が良いと思いますよ」


 今度は両手をあげて首を振り、やれやれと芝居がかった様子で言います。こんな人を小馬鹿にしたような態度は今までのレオンでは考えられないものです。


「き…さま!私を姉様などと呼ぶな!!」


 小さな頃のレオンが使っていた姉様という呼び方にアマリアが一瞬で激昂して腰の剣に手をかけようとします。レオンもそれを見て素早く右足を引き半身に……。


「お止しなさい!」


 私の声に二人がビクリと動きを止める。


「お止しなさい。アマリア、レオンに対して剣を抜こうとするとは何事ですか」

「しかしシャーロット、レオン様は」

「お黙りなさい」

「くっ……」


 少しきつく言うと、不承不承と言った風にようやくアマリアは剣の柄から手を離して一歩下がった。


「レオンもアマリアを揶揄からかうのは止めなさい。貴方は今アマリアから疑われているのですよ」

「揶揄った訳では…………ごめんなさい」


 私が叱るとレオンもシュンとして項垂うなだれてしまいました。こういう所はやはりレオンであるようにしか見えないのですが……先程の身の熟しは……。


「アマリア、御覧なさい。私に叱られただけで項垂れているこの子が、貴方が言う程に悪いものであるとは私には到底思えませんよ。とりあえずはレオンのお話を聞きましょう」

「ぬうぅ……」


 アマリアが不満顔で唸る。何が「ぬうぅ」ですか。とにかく話を聞くしかないでしょうに。だいたい貴方と云えどもやって良い事と悪い事があります。レオンに怪我でもさせて居れば許さないところです。


「そしてギリアム。貴方は何をやっているのですか?レオンの近衛たらんとする気概はどうしたのですか?」

「ぐ……申し訳御座いません」

「そもそも立って居る場所がおかしいのです。レオンを護ろうと思うのならば、常にその傍らに居りなさい」

「はい……。仰るとおりです」


 部屋に入るなりの急な成り行きとは云え、このような事では近衛は務まりません。私の後ろに控えていたギリアムがようやくと定位置であった筈のレオンの側へと身を移しました。ギリアムにも疑念はあるのでしょうが、これでよろしいでしょう。アマリアならまた何かしないとも限りませんし、ギリアムなら今度は己の務めを果たすはずです。


 それにしても、教皇様方はレオンが勇者と名乗った時からレオンから片時も目を離さず身動みじろぎすらされません。何を御考えなのでしょうか。


「ではレオン、何時までも悄気しょげて居ないで。全て話してくれるのでしょう?」

「悄気てなど居りません。説明を始めます!」


 意地を張って見せるレオンはやはり可愛く思えます。








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