第4話 勇者召喚4「初めまして姉上、勇者レオンハルトです」

 ぱちりと目を開く。今度こそ知らない天井だった。鎧戸も付いていない窓からオレンジ色の光線が入り込んできており夕方かと思う。召喚される直前の光景、夕焼けの帰り道を連想してしまうが、とりあえず振り払う。感傷に浸っている暇はない。


 見回すと部屋の中には二人の人影があった。


「アデーレさん、お早うございます」

「!」


 寝台の上で上体を起こしながら声をかけると、目を瞑って傍に座っていた彼女が驚いてこちらを見た。驚かせてゴメン。


「レオンハルト様、お早うございます……お身体は大丈夫でしょうか?」

「ええ、大丈夫です」


 律儀におはようの挨拶をした上でこちらを心配してくるので、すこし微笑みながら答えると彼女はほっとした表情を浮かべた。


 アデーレさんは勇者教信者。ミツァーキの弟子。もう一人の弟子リデロさんと三人で儀式を執り行ったので俺が何事も無いように見えて安心したようだ。


「レオンハルト様……なのですね?」


 部屋の入口に立っていたギリアムが近寄ってきて、いぶかしし気な表情で訊ねてくる。


「ギリアム、そう怪しまないでくれ。私はレオンハルトだよ」


 嘘は言っていないが、真実の一部でしかない。気を失う前の俺の態度は正しく別人のように見えただろうな。疑われても仕方ない。


「それより姉上はどちらに居られるだろう。早急に御話がある。案内して貰えないか」


 逸る気持ちを抑えて、誤魔化すためにもそう言いながら寝かされていた石製の寝台から降りようとする。この神殿の往時の修行者達が寝泊まりしていた部屋。私を床で休ませる訳にもいかず探してくれたのだろう。


「いえ、レオンハルト様はそのまま!」

「しかし……」

「いえ、もう少しお休みください。無理はいけません。私がお伝えしに参ります」

「ああ、分かったよ。それならば教皇様方にもこちらにおいで頂くようお願いしてくれ」

「わかりました。そのようにお伝え致します」


 身体はもう心配無いし姉上と早急にお話したいが、押し問答になりそうなので引いておく。


 騎士ギリアムは私が健康ならば近衛として付けられるはずだった。二人の関係性はシャーロット姉上とアマリアがそうであるようにとても近しい。レオンハルトは臣下であると同時に兄のようにも思っていた。


 統合された記憶から一人一人のプロフィールを思い出す作業。普段、本人を前にしてもわざわざ思い出さない事柄まで思い起こして馴染ませていかないと。


「勇者様の召喚は失敗したのでしょうか……」


 ギリアムが出ていき部屋に二人きりになるとアデーレさんがぽつりと呟いた。


「いいえ、成功していますよ」

「それは、どういう……」

「姉上達が来られたらお話しします」


 まだ彼女は訊きたそうにしているが、一息で話せるような話でもない。


「もう少し横になっておきます」


 と話を打ち切り、横になって目を閉じた。


 今の勇者教は勇者召喚の全てを伝えてはいない。国内の貴族たちから排斥されて衰退し信徒の数も随分と減ったそうだが、その中で勇者教の真髄と言えるような知識も失伝をまぬがれなかったのだろう。レオンハルトの記憶にも本当に肝心な部分だけが伝わっていない。勇者教、なにやってんの。


 姉上達にも確認したい事が山ほどあるが、まずはこちらからお話して協力してもらわないと。


 姉上、シャーロット・ド・グルンスロース。グルンスロース公爵家の長女で私とは腹違いの六つ年上の姉。母を早くに亡くされたからか私達下の家族をとても可愛がってくれた。黄色味の強いブロンドの軽くウェーブがかかった美しい髪に淡い色のエメラルドのような瞳、綺麗で大らかで優しい理想の姉。私が臥せって部屋に籠もっている時にも日に一度は必ず様子を見に来てくれて、看病をしながら部屋の外での出来事など色々なお話をしてくれた。姉上が居なければもっと私は内向的で卑屈な人間に成っていたかもしれない。


 目を閉じたまま、また身近な人達のプロフィールの確認を始める。


 アマリア・ド・カステル。公爵家の直臣から取り立てられたファート子爵家の三女で私とは直接血のつながりは無いが姉上とは従妹同士になる。幼い頃に姉上と引き合わされてお互いを名前で呼び合う仲となり、歳の近い友人、側仕え、学友として関わって何を思ったのか最後は近衛騎士に志願した。いくら武門のカステル家とは云えよく親達が許したものだと思う。性格はかなり感情的で物騒。黙っていればキリっとした美人なのに……。数年前までは私も「アマリアねえさま」と呼んでいた。


 ミツァーキ教皇は……上手く猫を被っていたようだが、俺の目は誤魔化せないぞ。何代目か知らないがミツァーキを名乗っているんだ、どうせ真面な奴ではない。リデロさんはあまり話した事がないが寡黙ですごい大きくて強そうな人だ。実際に出来そうだし、恐らく他の2人の護衛も兼ねているんだろう。


 この山奥まで来て儀式の場に立ち会ったのはこれで全員。外に数人の護衛も神殿周囲を警戒しているが、ミツァーキが丸め込んで本当に最小の人数でここまでやってきた。病弱な公爵令息に姉上まで居るのによくも周囲の者が許したものだが、反乱軍たる我々には人手が全然足りていない。姉上はともかくギリアムやアマリアを連れてくるだけでも限界だった。ましてや、儀式の場に居た以外の者達には私の、レオンハルトの病の快癒祈願の儀式を行うとして出てきている。好都合な事に。


 とにかく儀式の場にいた六人だけ説得できれば良い。俺の目的の一歩目が踏み出せる。


 部屋の外の回廊から騒がしい気配がしてくる。姉上とアマリアの急ぐ足音。それに続いて他の者達のも。目を開けて身体を起こして入口の方へと向き直って立ち上がる。ちゃんとお迎えしなければいけない。すぐ傍ではアデーレさんが突然動き出したにビックリしている。何度も驚かせてゴメンよ。


 かなり急いだのだろう、息を切らしながら姉上が部屋に入ってくる。


 記憶の統合とは言っているが、何も引き継がれるのは記憶だけではない。


「初めまして姉上、勇者レオンハルトです!」


 姉上のお顔を見てしまえばもう抑えが効かなかった。元気に挨拶をした俺に目を丸くして声も無い姉上。そんな表情も御可愛いこと。


「これからも仲良くしていただけると嬉しいです!」


 レオンハルトが姉上を好き過ぎるのがいけなかった。目の前の少女は赤の他人とは思えなくなっていた。


 というか最愛の姉上だ。








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