第3話 勇者召喚3「よくもまた俺を呼んでくれたな」
娘と手をつないでその頭越しに妻の横顔を眺めながら家路をのんびりと歩く。
「
娘が外を出歩ける歳になってからは時間のある時はできるだけ外出するようにしている。子供の頃に自分がそのように育てられたため、毎週の週末がいつも楽しみだった事を覚えているから。
「買いたかった物は今日で
俺の実家に顔を出そうかと話しながら娘の
「いくー。ばあばにおえかきみせないと!」
つないだ手をブンブン振ってくる。一緒に振りながら俺が訊く。
「じいじにお歌を歌ってあげるのはどうした?」
「おうたもうたわないと!」
「~しないと!」と言うのは最近の里奈の口癖で、アニメのキャクターに影響さて覚えてしまった。児童向けアニメは守備範囲外だったのだが、一緒に観始めてみるとなかなか面白かった。
「里奈、ちゃんとお歌覚えてるー?ちゃんと歌えるのかなー?」
ニヤニヤ意地の悪そうな笑顔で
「うたえるから!おぼえてるから!」
「じゃあ、ほら歌ってみー」
煽られて里奈が歌いだす。うろ覚えじゃねえかと頭の中でツッコミを入れながら娘と一緒に、妻と一緒に手をつないでお歌の練習をしながらの家路を行く。
幸せだ。本当に幸せな瞬間だと思えた。
だと言うのに、歩く足元が白く輝きだしている。明滅を繰り返しながらどんどんと光量を増していく。またかと思い怒りが沸きそうになるが堪えてお歌を歌いながら歩く。
『じいじの所に三人で行けるのは何十年後だろうな』
そんな事を考えたところで俺の意識はブツリと途切れた。
周りの声が五月蠅い。何事か怒鳴っているような男の声がする。まだ眠い。身体がダルい。近年稀にみる体調の悪さを感じる。まだ眠っていたいが男の声が喧しくて意識が覚醒してくる。何をそんなにでかい声を出しているんだ。何があった。頭を回し始めるとすぐに、また召喚されたのだろうと思い出せた。仕方ないのでゆっくりと
「知らない天……いや、知ってるなこれ」
お決まりのセリフを吐いておこうかと思ったが、結構知ってる天井だった。何処のかまでは判らないが勇者教神殿だろう。勇者教で召喚を行う祭壇魔法陣が置かれている部屋はだいたい同じような造りをしている。もう何度目だこの部屋で目覚めるのは……そんな事を考えながら身体を起こそうとするが、酷く重たい。思わず苦し気な呻きが洩れる。
「ぐ……くぅ」
まだ身体が馴染んでいない。
「レオンハルト様!」
恐らく先程から聞こえていた怒鳴り声の主だろう鎧姿の男が、俺を見て目を
「レオンハルト様御気を確かに!」
「し…かに……くれ」
すぐそばまで来てまだ大きな声で叫ぶので静かにしてくれ、と言おうとしたがまともに声も出なかった。喉がカラカラで貼り付いてしまいそうだ。
「水…を……」
「水ですね!すぐに!」
すぐに腰にぶら下げていた革水筒を外して俺の状態を起こして飲ませてくれる鎧男。ああ相変わらず革水筒に入った水は不味いな。久し振りの味だ。
「ありがとう助かった。これでまともに話せる」
「いえ、当然の事で御座います」
「で」
「はい」
「お前の主はどこだ」
「は?なんと仰いました?」
「お前の主はどこに居るのかと訊いているんだ」
「目の前に居られます」
「俺?」
「はい、その通りですレオンハルト様」
そうか俺か。どうやら訊ねかたを間違ったらしい。まさか自分の主を生贄とも言えるような立場に差しだしているとは思わなかった。命じた者が、もっと偉い奴がいるはずだ。
そんな事を考えている間も鎧男はこちらを心配そうに見ている。
「質問を変えよう。この儀式を行うよう命じたのは誰だ」
「それは勿論、姉君のシャーロット様ですが……」
「姉……そうか……」
困惑しながらも鎧男が応えてくれたが、そこまで聞いて考え込んでしまう。この身体の持ち主レオンハルトは姉に犠牲にされたのか。
「あの……レオンハルト様大丈夫ですか、記憶が定かで有られないのでしょうか?」
「いや、大丈夫だ。記憶は確かだ」
ああ、俺の日本人としての記憶はしっかりしている。
「それよりもまずはその方を呼んでくれ。話を聴きたい」
「あ、はい。私の後ろに居られます」
まだ身体が自由にならず、抱き起こされていたせいで俺の視界にはこの騎士風の男しか殆ど見えていなかったがすぐそばに居たようだ。男が少し身体の向きを変えると目に入ってきた。華奢な少女、いやこちらではもう女性と言った方がよい年頃の女だった。
「よくもまた俺を呼んでくれたな」
それを聞いて女はビクリと震えた。
今回俺を召喚した首謀者がこいつかと思うと、軽く嫌味でも言ってやろうと思っただけだったのだが、自分でも驚くほど低く感情の乗った声が出てしまった。
女は怯えた目で俺を見ていた。
「貴方は……誰ですか」
自分で呼んでおいてこの言い草か。
「勇者だよ」
不愉快で言葉少なく応えたところで急激な頭痛に襲われた。きた、記憶の統合……が!
「ぐ…ぎぃ!」
あまりの痛みに奇妙な声をあげて、俺はまた意識を失った。
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