第2話 勇者召喚2「私の全てを貴方に捧げます」

「姉上、私に誇りをください」


 レオンハルト様がそう仰られるとシャーロット様はしばし目をつむり御顔を俯けられ、御顔を上げられた時には決然とした表情をしておられた。


「レオンハルト、頼みます。」

「はい、姉上」


 レオンハルト様の表情は死地を決めた騎士達のようで。


「貴方の行いが私達すべてを救うでしょう。貴方はグルンスロースの誇りです」


 シャーロット様の御顔は亡くなられた母君、ジェシカ様に益々似てこられた様に見え、そしてもう一言「レオンは私の誇りです」と仰られた。振り向いて歩きだし御顔を真っ直ぐ正面へと向けたままこちらへと来られ、わたしの隣にお並びになられた。


 武辺、無骨者の私では最早どう御慰めしたものかも分からず、シャーロット様の横顔を伺っていると「アマリア、大丈夫です」と瞳を潤ませながら祭壇の方を見据えておられた。先程とは逆に気遣われてしまい不甲斐ない。


 もうすぐにもレオンハルト様が勇者召喚の儀式により生贄に捧げられてしまう。生贄とはなんなのだろうか、どうなってしまわれるのだろうか、儀式が成った瞬間にでも消えて無くなってしまわれるのか、レオンハルト様の決意、思いを聞いて尚私が身代わりになるべきではないか、等とくよくよと考えていると教皇様の宣言が聞こえてきた。


「これより勇者召喚の儀を始めます」


 教皇様はその御意思を確かめるかのようにシャーロット様の目を見詰めて仰られていた。勇者教教皇、最早廃もはやすたれて久しいとは言え正しく勇者を崇め奉る勇者教の教皇、その人をしても生贄を必要とする儀式には躊躇ためらうものがあられるのだろうか。


「よろしくお願い致します」


 丁寧に深々としたお辞儀をしてまでシャーロット様が答えられ、教皇様もまた深々とお辞儀を返される。


「畏まりました」


 お互いに深々と頭を下げあうという不自然でぎこちない遣り取りをなされているが、この国フソー王国の建国王、ベルディン一世陛下が異世界から召喚された勇者であったと云われているために関わり方が難しく、お互いに気を遣いあう間柄だから仕方ない。


 教皇様が祭壇に向き直ると足元に置かれていた頸の長い大きな壺の蓋していた革を取り去られる。高弟二人が寄って行き力を合わせて慎重に持ち上げ、祭壇に彫り刻まれた紋様に注ぎ込んでいく。ゆっくりと紋様の部分だけに行きわたる様に。紋様は魔法陣と呼ばれるもので注いでいるのはその触媒だそう。魔法陣も触媒もよくわからないが、その触媒にはグルンスロース公爵家の宝物庫にも一つしか無かった貴重品が使われている。賢者の石とか大層な名前の。


 勇者召喚、成功するのだろうか。儀式の最後の準備が進んで行くのを見ながら考えてしまう。各地の貴族からの弾圧で廃れた勇者教、王家主導の弾圧により急速に廃れた魔法。どちらも絶対の信頼を寄せられるようなものではない。勇者召喚の儀式とはどう見てもその魔法による儀式で、それを行うのは信者の数も減って秘儀をちゃんと伝えているかも怪しい勇者教。もしも失敗してレオンハルト様の御命だけが奪われるような事があれば、自分でも何をしでかしてしまうか分からない。既に外部からの邪魔者に備えて一つしかない出入口の前で警戒しているギリアム殿も同様だろう。外からの侵入だけに備えているのではないであろう事は儀式の準備を見遣る視線の剣呑さが物語っている。普段はそこそこに口数の有る男なのに、この部屋に入ってからはほとんど声を聞いていない。


 物騒な事を考えているとどんどん頭の芯が冷えていく。レオンハルト様がもう少しで居なくなってしまうと言うのに。幼い頃にはシャーロット様と一緒になって弟のように可愛がっていたというのに…。やはり力尽くにでも止めるべきではないかと知らず俯けていた顔を上げた時、既に異変は始まっていた。


 魔法陣は白く輝き真っ直ぐに光を立ち昇らせている。いつから始まっていたのか教皇達が三方から陣を囲んでうたうように何事かを唱えている。その声に応じるように白い輝きは明滅を繰り返しながらもその輝きを強めていく。その光景は見た事も無いもので、恐怖を覚えてもよさそうなものなのに、不思議な事に春の日のような心地良さと包み込まれるような安堵を覚えた。隣に居たシャーロットが私の手を握ってきて私は華奢な彼女の肩を抱き寄せた。光が部屋を埋め尽くし、お互いを抱き合って支え合っていないと立っている事も難しくなってきた頃には教皇様達の歌声も止み、静寂と白い闇だけになっていた。


 ずっとこのままなのではないか、そんな考えが浮かび初めてこの白い世界に不安を覚え、最早抱き締めてしまっているシャーロットだけを頼りに、大切に思っていると上方から何か大きなものが来ると感じた。ゆっくりと此方に降りてくる、そのように感じた。


「勇者よ我らを御救いください」


 静寂の中で唐突にレオン様の声が聞こえた。


「戦乱に明け暮れる世を御治めください」


 つぶやくようなか細い声。


「困窮する民を御救いください」

「混迷する者共を御導きください」


 レオン様の方へと何かが降ってゆく。


「虐げられる人々を御護りください」

「見過ごされた悪を御裁きください」


 レオン様の声に怒りが混じる。


「正しき者を御護りください」

「騎士達を御助けください」

「兵士達を御護りください」


 レオン様の声が悲し気に響く。


「残された者達を御護りください」

「子供達を御救けください」

「母達を御助けください」

「母上を御護りください」


 降ってきたモノはこいねがうレオン様を見詰めている。


「囚われた父と兄を御救おたすけください」

「姉上を御助けください」

「アマリアを御助けください」

「エミリアを御助けください」

「ミツァーキ様を御導きください。ギリアムを御護…。ジョンを…。……」


 見知った者全ての名を挙げておられるようだった。

 降りて来た者はまだ見詰め続けている。


 息も絶え絶えの願いの声はどんどん小さく細くなっていく。レオン様がいってしまう。シャーロットも私も泣いている。


「……」


 とうとう静寂が訪れた。


「これが私の全てです」


 笑顔を浮かべて降臨した勇者に手を伸ばす。


「私の全てを貴方に捧げます」


 伸ばされた手を勇者がとった。








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