千年勇者 勇者は家に帰りたい

朽雪

第1話 勇者召喚1「姉上、私に誇りをください」

 昔はさぞ美しく荘厳な場であったのだろう、そう思わせるこの大きなドーム状の部屋は山間にあるとても古い朽ちた神殿の奥まった所にある。およそ400年前の建築だと伝わっているが、木製の長椅子だったであろう土が床に畑のうねのように並んでいたり、いくらかの茶色や緑色をしたつたや草花が蔓延はびこっている以外は清浄な空間だった。


 これだけ綺麗な状態が保たれているのも、伝説の勇者様にかかわる施設だから何かの御力が働いているのでしょうか、とそんな事を天井付近を見上げながら逃避気味に考えていたわたくしに声がかかる。


「姫様、儀式の準備が整いました」


 私は目の前にひざまずいた私と同じ年頃の女性、近衛騎士アマリアに顔を向けて答える。


「そうですか……そばに寄っても大丈夫ですか?」


「はい。どうぞ御傍おそばに」


 問われた赤毛の近衛騎士はおもてを下げたままで短く答えた。


 その姿を見ながら、顔を俯かせているのは泣いているからではないかと考える。


 彼女は平素であれば私の目を見ながら話す。それを無礼であると言う者もいるが、私は彼女を友人であると思っているし、それを周知し公言もしていたので私達の関係をよく知るものからは認められていた。


 そんな彼女がこちらに顔も向けずに返答し、よく見れば少し震えていた。そう考えてみれば先程聞いた声も何かをこらえるような響きがあった。


「アマリア、大丈夫ですか?」

「私は……大丈夫です。シャーロット様こそ……いえ、なんでもありません。早くレオンハルト様の御傍へ、時がもう……」


 一度顔を上げたがまた顔を伏せてしまう。その目にはやはり涙が溜まっていたが辛うじて泣いてはいなかった。堪えている。


 気遣いをかけたのに逆にこちらが気遣われて、決意して顔を上げて部屋の中央奥側にある祭壇を見る。奇妙な円形の祭壇。奇妙な紋様が上面に彫り込まれた祭壇。その周囲には鎧姿の騎士ギリアムと儀式用の特別な衣装に身を包んだ教皇ミツァーキ様、そしてその高弟御二人の姿がある。


 そして祭壇の上には可愛く愛しい弟、レオンハルトが仰向けに横たえられていた。


 感情が昂ぶり泣きだしてしまいそうになるのを堪えながら足を進める。祭壇が近付き可愛い弟の表情が目に入ってくる。目をつむって荒げた呼吸をし、苦しそうな顔。抱き起こして背をさすってあげれば「こうしていただくと何故なぜか楽になります。ありがとう姉上」と言って微笑んでいたが、それももう効き目が無い。なにより儀式の準備が終わっているので抱き起す事などできない。


「申し訳ありませんが、決して祭壇にもレオンハルト様にも御手を触れにならないようお気を付けください……」


 フラフラと弟に近づいていた私に本当に申し訳なさそうな声音で教皇様が注意を促してこられる。小さく「承知しております」とだけ答えて、またできるだけ傍に寄ろうと腰を折って顔を近づけていく。そうしてしばらく苦しそうに呻く顔を手を出せもせずに見つめているとその目が薄く開き瞳がこちらを捉えた。


「そんな……顔、を……しないで、姉上」


 苦しそうに微笑みながら途切れ途切れに言い、こちらを心配してくる。


「でも、レオン、貴方が……なにも、生贄にならなくても」


 もはや泣いてしまいながら最後にもう一度だけ愛しい弟を説得してみる。


「ふう……ふぅ……ふぅ~」


 気丈に息を整えて、私の目をしっかりと見てレオンが語りだす。


「姉上……私は、もう長くは持ちません。もう……本当にすぐだと、思います。だから、お願いです。私に、この、大役を。勇者、召喚の生贄をお任せください」


もう何度も聞いた言葉でした。私達は追い詰められていて勇者様を御迎えして戦うしかもう道はありません。我が公爵家の旗の下に集い共に王家に反旗を翻した者たちを庇護するにはもう道はありません。しかし、でも・・・どうして!?召喚の儀式には生贄が必要なのでしょう!どうして勇者様は生贄を求めるの!?


「泣かないで、姉上……。私は、これで良いのです」


「どうして!まだ十二になったばかりのあなたが!」


「私!しか、いません。私、しか、他の、者にこの役は、譲りません!」


もはや堰を切ってしまった感情がどうにもなりません。


「幼い時、から、病弱、だった、私には、これしか!ここしか無いのです!」


レオンも息を切らせながら声を張っています。


レオンの気持ちは解ります。幼い頃から病に臥せり、自身の身分、立場、役目を理解するようになってからは思い悩む事も多くなっていました。とても利発で優しくて、だからこそ公爵家の、貴族の責務を果たせそうもない自分を見過ごせなかった。そんなレオンの気持ちは知っているのです。でも、私がレオンを解るようにレオンは解っているのです。私が他の者を生贄になどできない事も、それをしたとしても心が耐えられないであろうことも。だからレオンは……。


「姉上、私に誇りをください」


真剣な目で、必死の目で私を見つめながら誇らしい弟は言うのです。








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