三十七・五℃、媒介性の恋

白江桔梗

三十七・五℃、媒介性の恋

 最新の研究によって、恋は虫が関わっていることが証明された。

 その話を見て、寝起きで上手く働かなかった頭は冴え出す。何を馬鹿馬鹿しいことを、そう思う自分がいる一方で、どこか胸の引っかかりが取れた自分もいた。まったく、恋とは脳や心のバグだなんて上手いことを言ったものだ。

 今日掲載けいさいされたその記事から、引用元を読み始める。その論文曰く、その虫はラテン語で『恋の媒介者』なんて無駄にロマンチックな名前を付けられたらしい。分類的には蚊に近く、体長も一般的な蚊とさほど違いがない。アタシみたいな人間は見ただけでは区別がつかなかった。

 では、そこで問題が一つ浮上する。なぜ今まで見つからなかったかのか。だが、答えは至極しごく簡単、だ。

 この論文を発表した研究チームは、人間社会と密接に関わりのある昆虫群について調査を行っていたところ、個体数データに明らかに見合わないタンパク質量を計測した。つまり、。彼らは『可視光を反射しない迷彩の体表をもつ何かがいる』と仮定を立て、紫外線、赤外線、放射線を用いて、観測を行った。すると、蚊によく似た形態をもつ昆虫が見つかった。発見されたのはそんな経緯らしい。

 蚊であるということは、その生育に植物あるいは動物の血液を必要とする。だが、自然豊かな森には本種は生息しておらず、コンクリートジャングルである都会に数多く生息していたことから、人間の何かを利用して生きている可能性が高く、様々な実験からこの虫は人間の心臓から、血ではないを吸汁するとされた。

 一説では人間の感情を栄養としているという話もあるそうだが、それは定かではないとのこと。そして、胸を刺された人間は一様に、発熱や狭心症に似た症状が起きるという。だが、人間と共進化を遂げた生物であるが故か、それによって死に至ることはない。むしろ、この虫に刺された人間は周囲の人間、特に異性に対してがあった。そう、人間はこれを『恋』と呼んでいたのだ。

「んー、おはよう……そんなに集中してスマホを見るなんて、面白いことでも書いてあった?」

 眠気まなこをこすりながら、君は階段を降りてくる。彼女はそのままリモコンを手に取り、テレビを起動する。朝のニュース番組はとどうでもいい情報を告げる。


「……ううん、何でもないよ」


 つまり、君と目が合うだけでうるさいほどに鼓動が速くなるのも、アタシ以外の人と話している様子を見ながら吸った息が、肺を焼き尽くすような痛みを走らせるのも、全部、全部全部全部。


「さっ、朝ごはん食べて出かけようか。始業式までに部活のシューズ、買い替えたいんでしょ?」


 この想いは、この苦しみは、ただの虫のせいだったんだね。安堵あんどと同時に、胸にちくりと痛みが走る。可笑しい話だ。だって、これはただのなんだから。

 嗚呼ああでも……君も、虫に刺されてしまえば良いのに。そう思って、開けた口を塞ぐように冷たい牛乳を流し込んだ。

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三十七・五℃、媒介性の恋 白江桔梗 @Shiroe_kikyo

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