山男よく聞けよ、サイレンちゃんにホレるなよ

「――サイレンちゃんの、おっ父とおっ母がいる、港町に行くには……と、ヤッパリ『ゴンゴラ』の街から船に乗って、川を下っていくのが一番ですね?」


「うむ……距離的にはそれが良いのだが……ゴンゴラへ行くには山越えが有るぞ? サイレンには、少々キツかろう」


「サイレンちゃん、どう? 山登りとか、できる? けっこう歩くよ」


『わたし、がんばる……ダイジョウブ』


「そうか? 頑張れるか? 偉いのう、サイレンは……」


「ツラくなったら何時いつでも言いなよ? おっちゃん、おんぶしてやるからな?」


『うん! ありがとう! 村長さん』


「わ、ワシも……イザとなったら背中の『竜殺しの剣』……捨てっちゃうから! おんぶしちゃうから!!」


「や、やめて下さいよ! お武家さまっ! それ、うちの村の宝物なんですから!」


「え!? 村長? この剣、ワシにくれたんじゃなかったの?」


「貸してあげてるだけですって! 旅が終わったら村に返してくださいっ!」


「ええ~っ ケチ~っ!」


『あははは! お武家さまも、アリガトウ! うれしい! がんばって歩くからダイジョウブ!』


「ふむ、そうか、頑張ることは良い事じゃ……だがな、サイレン……無理はするなよ? 遠慮も無用じゃ……よいな?」


「そうだよ? キツかったら言いなよ?」


『ありがとう! わかった』


「――さて、山越えとなると、宿屋の女将がくれた子供服だけじゃ、少し寒いかも知れぬのう?」


「そうですね! 初夏とはいえ、山の上は冷えますからね! この街で、サイレンちゃんの上着を何か捜しましょう」


『ふく、買ってくれるの?』


「防寒着だがな? ふふ……サイレンも女の子じゃのう? オシャレに目が無いか?」


「ヤッパリ着るなら、可愛いほうがイイよね~? 気に入ったのが有るとイイねぇ?」


『うん!』


「……可愛いと言えば、村長? 女将がくれた、この子供服……旅には向いて、無さそうだのう……」


「そうですねぇ……娘さんの、お古だそうですが……どう見ても、よそ行きのオシャレ着ですよねぇ……」


「まあ、タダでもらったものに文句は言え無いがの……サイレンも気に入ってるようだし……」


「――こうしてみると、サイレンちゃん……どっかのお嬢様っぽいですよね? お金持ちの」


「だろ? あんまり可愛いから、誘拐とかされちゃうんじゃない!? ヤだっ! ワシ心配っ!」


「ど、何処でどんな奴が見てるか、分かりませんからねっ!? 気を付けましょう!」


「お、おお、おうっ!」


『二人とも~っ! こっち~! 洋服やさん有ったよ~!!』




「――だいぶ登ってきたのう……少し休もうか……サイレン? くたびれてないか?」


『……へいき! だいじょうぶ!』


「……エライね、サイレンちゃん! でも、少し休んだ方がいい。頂上までは、まだチョット歩くから」


『……はい』


「うむ……冷えてきたから、ここで上着を羽織って行こう……村長、ワシらも上に着ようか」


「そうですね、お武家さま……そら、サイレンちゃん! おニューのポンチョだ!」


『やった! カワイイ!』


「ふふふっ……おおっ! サイレン! よく似合っておるぞ!!」


「わあぁ! ホントだ! かわいい!!」


 パチパチパチ……。


「む!?」


「――いやいや! ほんと! カワイイかわいい! かわいいねぇ! おじょ~ちゃん!!」


「! だ、だれだ! おぬしらっ!」


「……おれたち……? 俺たち、山賊です……」



「――山賊だと? 山賊なんぞが、ワシらに何用かの? ワシら、金なんぞ持っとらんがの? 見て分かるじゃろ? 貧乏旅じゃ……」

(村長、サイレンたのむゾ)


(……サイレンちゃん……こっち来といて……)


『……はい』


「……無駄足じゃったの? かえれ帰れ……」

(どうじゃ、村長? 逃げられそうかの?)


(……無理ですね……後ろにも二人います……)


(……そうか……仕方ないのう……)


『……村長さん……』


(うん?)


『お武家さまも……わたしが合図したら、自分の耳……塞いで下さい……ギュッと……』


(みみ……?)


(何かする気かの? サイレン)


『……はい……』


(……しないでよいぞ……何もするな)


『え……? でも……』


(大丈夫だよ、サイレンちゃん……)


『で……でも……』


(まあ……心配しないで、任せなって……)


「――ううん? オッチャンら、サッキからゴチャゴチャ後ろで、やってるよなぁ?」


「お、おおお、オッチャン!? オッチャンっ!! 無礼なっ! はっ! まさかおのれら! サイレンを誘拐しに来たのかっ!? そうなのか!? かわいいからっ!! 可愛いもんねっ!?」


「――うるせぇオッチャンだなぁ! ああ、そのお嬢ちゃんはイイとこの娘っぽいから、ひっ捕まえときゃ、身代金でも取れるかもな? まぁ、無理だったら、女郎屋送りだがな……ついでにオッチャンの背中の剣も、貰っといてやるよ……ご大層な造りだ、イイ値が付くかも、しれねえなぁ?」


「この剣……? この剣ならくれてやっても良いがのう? そしたら、どっか行ってくれるかの?」


「バカか!? そんな取引、するわきゃねぇだろ!?」


「そうか……? じゃあ、やらん……おぬしら……損したのう?」



 ――それは一瞬の出来事だった。


 まるで音を立てずに、フッと武芸者が踏み出したように揺れたのだが、いつの間にかサッキまでしゃべっていた山賊の横にいて、腰から抜かれた細身の刀を振り上げている。

 左側に居た山賊の腹は、すでに深々と切り開かれて、血が噴き出さんとする頃には、武芸者の刀が、もう一人の肩口に食い込むところだ。

 喋っていた山賊が、大ぶりの山刀マチェットを横にぐ。

 武芸者は身を沈めた……それは、避けたのではなく、予備動作だ……下から突き上げられた刀が、喋っていた山賊の喉元から、脳天をやすやすと貫き通った。

 一息で、三人……これが、実力差。


 後ろを押さえていた二人は、村長が投げた手裏剣にひざを抜かれて倒れている。

 武芸者は、すすすと二人に歩み寄ると、膝を押さえてうづくまっている首を、ひゅんひゅんと軽くね飛ばした。


 ――サイレンの瞳は、この間、村長の胸に押し当てられて、何も見ることは、出来ていない。



「――逃げるぞ村長よ! こんなトコロ、人に見られでもしたら一大事じゃ!」


「そうですね! サイレンちゃん、もうチョットおっちゃんに、抱っこされててね?」


『……はい……』


「えい、くそ……本当は、オシッコしたくて休憩入れたのに……もう少し耐えねばならぬワイ! この先、だんだん寒くなっていくのにぃ!」


「そ、そうだったんですか? お武家さま! それは災難でした……サイレンちゃんはダイジョウブ? オシッコしたくない?」


『わ、わたし、だ……だいじょうぶ……』


「サイレン……? 無理はするなよ? 遠慮も無用じゃ……おなごは我慢をすると、膀胱炎ぼうこうえんに悩まされる事になるらしいゾイ?」


「そうだよ……ツラいらしいよ……おっちゃんなるべく、揺らさないように運んだげるケド、したくなったら直ぐに言ってね?」


『ぼ……だ……ダイジョブ……』


「ええい、冷えるワイ! 村長! 何か気のまぎれる事を、言ってはくれぬかのう!?」


「ええ~!? じゃぁ、じゃぁ……」


「はよう! 早うっ!!」


「ぼ、『膀胱炎』と掛けまして……」


「! ああっ! そ、そっちの話題は、今はヤメテ~っ!!」


『うふっ! あはっ! あはははは……!』




 ――膀胱炎と掛けまして……昔をなつかしむオジサン、と解きます!


 そのココロは!?


『最近(細菌)は、好くないね~』

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