第5話 美少女のお願い

 吹奏楽部の個人練習には基本的に先生はいない。


 合奏やミーティングなど、部活の生徒が全員集まるような時に話をしたりしているのだ。


 しかも個人練習は来た人から楽器の準備をして、それぞれの練習場所に散って練習を始めている。

 なので多少遅れても、何も注意が無かったり、もしあるとしても先輩になぜ遅れたか理由を聞かれるくらいだ。


(もし聞かれたらどう誤魔化そうかな……)


 そんな事を考えていると白幡さんは足を止めた。


「ここら辺なら大丈夫そうですね」


 確かにここは家庭科室や理科室など、授業でしか使わないような場所なので、人の通りはほぼない。


「昨日ぶりですね。高宮さん」

「そ、そうですね」


 美少女と二人きりで話しているという、俺の人生で一度でも経験することがあるかないかくらいの状況なので、少し緊張している。


「高宮さん……実は呼んだのにはお願いが1つあって……」

「は、はい?」


  何を言われるのかまったく見当もつかなかったので、少し身構えた。


「実は……その…………昨日の事を誰にも言わないで欲しくて……」

「へ?」


 予想外過ぎてすっとんきょうな声を出してしまった。


「いや、その! 全然気にしてるとかじゃないんですけど! 一応転校してきたばかりですし、あまり恥をかきたくないんです!」

「…………ぷっ」


 ……めちゃくちゃ気にしてた。

 気にしてない割にはあまりにも早口だったので、つい吹き出してしまった。


「って、何笑ってるんですか!」


 笑われたのが余程恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしながら怒っていた。


「ご、ごめんなさい。つい可笑しくて……別に言いふらす事でもないので安心してください」

「そ、それならよかったです、で、では高宮さんも部活でしょうし、私はこれで!」


 そういうと白幡さんは教室へともどっていったのだが……?


「あれ? 白幡さーん! 教室は逆ですよー!」


 白幡さんは反対方向へと歩いていた。


「えっ」


 白幡さんは驚いて教室の方向と自分の歩いていた方向を順番に何度か見た後、こちらへ引き返してきて、


「……ありがとうございます」


 と顔をまた真っ赤にしながら教室へ戻っていった。


 白幡さんはおっちょこちょいな面を見て、俺は白幡さんの事がもっと可愛く見えてしまった。


「あ、やべ……」


 そんな事を考えていると、帰りのHRが終わってからかなりの時間が経っていた。

 俺は急いで音楽室へと向かうのであった。

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