第85話 エンゲージリング?
リノアと番になった。といっても、特別なにか変わったことは無い。いや、以前よりもリノアがじゃれてくることが多くなったかな。まぁその程度の僅かな変化だ。そう思っていたんだがなぁ……。
ある日の休日。今日は学院が休みということもあり、我はベッドの上で丸くなって惰眠を貪っていた。まぁ眠っている、目を閉じているといっても、ちゃんと耳で音を拾い周囲への警戒は忘れない。ここはアリアの部屋だが、安全性が高い寝床とはいえ、絶対ということはない。敵襲への備えはいつでも必要だ。これを怠った者から狩られていくのだ。
そんな我の耳が足音を捉える。足音はだんだんと大きくなり、こちらに向かって来ることが分かる。この足音のリズムはアリアだな。
ガチャリと扉が開き、アリアが部屋へと入ってきた。我は片目を開けてチラリと確認すると、再び目を閉じる。アリアは我に用があるのか、ベッドに近づいてきた。我は仕方なく両目を開けてアリアを見る。
「クロ、ちょっと左手出して」
アリアがまるで『お手』でも促すように、手を差し出してきた。芸でも仕込む気だろうか?我は犬ではないぞ?
「なぜだ?」
我は無意味なことはしたくない
「良い物あげるわ」
「ほう」
アリアの言う『良い物』に釣られて、我は何の疑いもせずに左前脚をアリアに差し出す。良い物って何だろう?チーズとかかな?
アリアは我の左前脚に白い紐みたいな物をキュッと結び付けた。何だこれ?包帯か何かか?我は怪我などしていないぞ。
「何だこれは?」
白い紐みたいな物は、紐にしては平べったく、包帯にしては小さい。どうやら細い紐を細かく編んで作られた物みたいだ。
「良い物よ。私も詳しく知ってるわけじゃないけど、ミサンガっていうお守り?みたいな物よ。肌身離さず着けて、切れた時に願いが叶うんですって」
アリアがなぜかちょっとうっとりした表情で言う。
「肌身離さずって、こんな邪魔な物をずっと着けていないといけないのか?」
こんな邪魔な物今すぐ取ってほしい。
「そんな言い方しなくてもいいじゃない」
アリアがなぜかムッとなって言う。気分を害されたような物言いだが、我の方こそこんな邪魔な物を勝手に着けられて、気分を害されているのだ。
「それはね。あなたとリノアのエンゲージリングなのよ」
「エンゲージリング?」
何だそれは?
「あなたとリノアは夫婦になったんでしょ?だからエンゲージリングよ」
よく分からないが、我とリノアが番になったことが関係しているらしい。人間には、こうしたよく分からない風習がある。それを猫である我に強要されても迷惑なだけなのだが……。
「本当は指輪なんだけどね。でも猫用の指輪って無いのよ。だからそのミサンガにしたの。ヒルダ様の案よ。指輪に紐を通して首輪にしようかって案もあったんだけど、あんまり首にゴテゴテと着けてもねー…。それに、指輪ってどれも高いのよ。エンゲージリングなんてビックリするくらい高いんだから。だから、とりあえずミサンガになったの。これならもし切れちゃっても願いが叶うことになるしね」
ペラペラと良く回る口だな。キースの奴といい勝負ができそうだぞ。
だが、アリアの話を聞いていると、どうやら我とリノアが番になったことを祝福してくれているようだ。人間には番になった者を祝福する風習があるらしい。アリアも我のために良かれと思って、このミサンガなる物を着けたらしい。我にとって邪魔でしかない物だが、これはあまり無碍にはできないな……。なにせ、子どもがやったことだ。受け止めてやるのが大人の度量というものだろう。
「そ、そうか。アリア、感謝しよう」
我は震える声でアリアへと感謝を伝える。嫌な仕打ちを受けたのに、相手に感謝を伝えねばならんとはな……。
「いいのよ。そんなに高い物じゃなかったしね。ちょっと申し訳ないくらいだわ。それより、リノアと仲良くしないとダメよ。あなたっていっつも偉そうなんだもの。ちょっとは優しいところ見せた方が良いんじゃないの?」
一の言葉を返したら、十の言葉になって返ってきた。今日のアリアはテンションが高いのか、いつもよりおしゃべりだ。
「我は実際に偉いのだ。それに十分優しい」
実際に、我は猫の中で一番偉い立場だ。王様だからな。それに、リノアには十分優しく接しているつもりだ。冗談でもリノアを叩いたこともないぞ、我は。
「ほんとかしら?」
アリアが不審そうな目で見てくる。甚だ遺憾である。
◇
予定していた時間よりも少し早いが、我は縄張りのパトロールへと向かった。今日のアリアは、なんだか鬱陶しいので逃げてきたのだ。どうやらアリアは、我とリノアが番になったことが嬉しいらしい。我とリノアが番になると、なぜアリアが喜ぶのか謎だ。
もしかしたら、我がモテる格好良い猫なことが嬉しいのかもしれない。今度他にも孕ませた女がいることを教えてやろうかな?たぶん喜ぶだろう。
女子寮の廊下をパトロールしていると、前から白い毛玉が走り寄ってきた。リノアだ。よく見ると、リノアの左前足にも黒のミサンガが着けられていた。どうやらリノアもミサンガを着けられた被害者らしい。
「クロムさん!」
リノアが我の鼻に鼻をくっつけて挨拶してくる。そして、我の顔をペロペロと舐め始めた。グルーミングだ。最近のリノアは、なにかと我を構ってくる。たぶん我と番になったことが嬉しいのだろう。
本来のパトロールの時間まで、まだ時間はある。少しくらいリノアの相手をしてやってもいいだろう。
そう思いながら、我もリノアの顔を舐め返した。
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