第82話 やきもち?
「ふんふふーん♪」
最近のアリアはご機嫌だ。今も鼻歌なんて歌ってる。
原因は分かっている。遂にアリアの買った槍が届いたためだ。それから毎日、アリアは槍を見てニヤニヤしたり、こうして、大して汚れてもないのに槍を磨いている。
「これでいいかしら?まだちょーっと曇ってるかな」
そう言って、また槍を磨きだすアリア。さっきからずっとこの繰り返しだ。
まぁアリアの気持ちも分からんでもない。アリアの槍は、我ら猫にとっての爪と同じだ。いざという時のために鋭く研いでおく必要がある。それは分かるのだが……アリアの場合、少々過剰な気がする。我の目から見ても、槍は既にピカピカだ。これ以上磨く意味など無いと思う。
まぁアリアにとってこの槍は、初めての自分の武器だ。夢中になる気持ちも分からんでもない。分からんでもないが……。
「アリアよ」
「なにー?」
アリアが槍を磨きながら答える。本当に我の話を聞いているのかと疑わしくなる生返事だ。
「背中が痒い。ブラッシングしてくれ」
「ちょっと待ってー」
またこれだ。先程からずっと背中が痒いと言っているのに、アリアは槍に夢中で取り合ってくれない。
「それはもう聞いた。いつまで槍を磨いてるつもりだ」
「もうちょっとー」
ぐぬぬ。我は不満を伝えるために尻尾で床を叩く。だが、アリアはそんな我に見向きもしない。
我は猫の体に不満など無い。不満など無いが、唯一の欠点を挙げるならば、それは背中を自力では掻けないことだろう。足も舌も届かないのだ。ここが地面なら、寝転んで背中を地面に擦り付ければいいのだが、生憎、ここの床はツルリとしたフローリングだ。これでは背中が掻けない。だからアリアに背中をブラッシングするように言っているのだが、アリアは全く動こうとしない。我の背中の痒みは増すばかりだ。
「ガブッ!」
我は遂に痒さとアリアの態度に耐えかねて、アリアの足を噛んだ。甘噛みではあるが、牙を突き立ててやった。我の不満の表れだ。
「いだっ!」
流石にアリアも不意に噛まれれば反応する。危うく槍を落としそうになりながら、足を噛んだ我を見下ろす。
「もう!何よ?危ないわね」
なぜアリアが不満そうなのだ。我の方が不満だ。
「背中をブラッシングしろと言っている!」
「あーもう!はぁ…。分かったわよ…」
アリアが何かを諦めたようなため息を吐き、槍を仕舞って机にブラシを取りに行く。やっと動く気になったらしい。
「こっち来て」
「うむ」
我はアリアの元に行くと、香箱座りをした。アリアの持つブラシが我の背中をズゾゾッと走る。気持ちが良い。ずっと痒いのを我慢していたからか、いつもよりもブラッシング気持ち良く感じた。
「もうちょっと上だ」
「はいはい」
アリアに注文を付けつつ、ブラッシングを満喫する。
「いい?クロ。私が槍を持ってる時はイタズラしちゃダメよ?刃物なんだから危ないのよ?」
アリアがブラッシングをしながら、我に言い聞かせるように言う。
「悪戯ではない。正当な抗議だ。ここのところアリアは槍のことばかりで、ちっとも我の話を聞きやしない」
「なにあなた、もしかしてやきもち?」
「は?」
やきもち?我が?
アリアのまるで見当違いの問いに、我はため息を吐いた。
「アリアよ。我はただブラッシングしてほしかっただけだ」
「はいはい。そういうことにしといてあげるわ」
アリアが我を見ながらニマニマ笑っている。なんだかその笑みは腹が立つな。
「我はただ事実を言っているだけだ」
「はいはい。そうですねー」
これは何を言おうと考えを改める気は無いな……。アリアはなんというか、思い込みが激しいところがある。今回のことで、アリアの中で我は、やきもちやきと認識されてしまっただろう。我は槍に嫉妬などしていないのだが、アリアの中での我はそうなっているらしい。アリアの中での我はいったいどんなイメージになっているのだろうな……。一度訊いてみたいような…聞きたくないような…。できれば少しは威厳のあるイメージを持っていてくれればいいのだが……。
「はい。体、横に倒してー」
「うむ」
アリアの言葉に従って、我は体を横に倒す。わき腹や足もブラッシングしてくれるらしい。我に拒む理由は無い。
「そういえばクロ。あなたリノアのことで何か気づいたことない?」
「リノア?いや、特にないが」
なぜいきなりリノアの話になったのだろう?
「リノアがどうかしたのか?」
「ヒルダ様が、最近リノアの様子が変だって言っててね。同じ猫のクロなら何か分かるんじゃないかと思って」
「ふむ……」
リノアか……我はリノアの様子を振り返るが、特におかしな点は無かったように思う。
「分からんな。今日も会ったが元気だったぞ?」
今日もチリンチリンと鈴を鳴らして元気にしていた。
「そう…。何か気づいたことがあったら言ってね」
「うむ」
「明日ヒルダ様が、学院の獣医さんにリノアを診てもらうみたいだから心配はないと思うけど……」
「そうか。この学院の獣医の腕は確かだ。大丈夫だろう」
昔の話だが、我も模擬戦で負けていた頃はよく世話になった。奴らならばリノアを任せるのに不足は無いだろう。
「そうね…。何もないといいんだけど…」
「そうだな…」
何事も無ければいいが……。
「はい。反対向いてー」
「うむ」
我は反対側のわき腹もブラッシングしてもらうために一度立ち上がり、先程とは反対側に倒れるのだった。
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