第77話 集会の後で

 猫集会は無事に閉会し、猫達が散っていく。会の最後に、いつものように干し魚を配ったのだが、貰ってすぐに食べてしまう者、大事に持って帰る者、様々だ。各々の性格が出るようで面白い。


 マダラは持って帰る派だ。きっと安全な場所、自分の寝床で食べるのだろう。優しいマダラのことだ。或いは誰かにあげるのかもしれない。


 デブシロは一口で干し魚を食べ、すぐさまのしのしと帰路に就く。他の猫がチマチマと味わって食べるのに対して、デブシロは干し魚など食べ慣れているといった態度だ。奴は飼い猫だし、普段から良いものを食べているのだろう。体格が良いしな。


「うめぇ、うめぇぜ!」


「美味しいよー!」


「生きてた甲斐があったってもんだ!」


「王様万歳!」


 一心不乱に干し魚を貪る猫達の様子は微笑ましいものだ。だがそんな微笑ましい光景を見ても、我の心には暗澹たるものが広がっていく。


「どうかしたのかい?そんな浮かない顔して」


「ミケか……」


 気が付くと、いつの間にかミケが近くに来ていた。ミケは笑っているが、やや心配そうな顔でこちらを見ている。ミケに心配されてしまうとは、我は余程暗い顔を浮かべていたらしい。


 こんなことではいかんな。猫の王として常に堂々としていなければ。我は意識して余裕の笑みを浮かべてみせる。


「なに、大した事ではない」


 嘘だ。我を悩ませる問題はいくつもある。毛並みのツヤがリノアに劣っている事、干し魚の入手手段、パルデモン侯爵の報復への対策、人間達と猫達の関係、今後猫達をどう導いていくか、先程垣間見えた一部の猫達の人間への忌避感情も頭の痛い問題だ。


 その中でも我を今一番に悩ませるのは、やはり干し魚の入手手段であろう。猫達には金を拾ってくるように指示を出したが、金などそうそう落ちてる物ではない。猫達を総動員したとしても、拾える金は大した額にはならないだろう。なにもしないよりマシだろうと指示を出したが……実はあまり期待していない。


 人間達は金を得る為に労働するらしいが、猫の身では働き口などあるわけがない。どこか猫を雇ってくれる所がないものか……。そもそも猫に労働など無理か。自由気ままな奴らだからなぁ……。昼寝をしてサボるならまだいいほうで、すぐに嫌になってどこかに行ってしまうだろう。


 ともあれ、この問題に対して我ができる事など、もう無いと言って良い。後は乾物屋を襲撃して干し魚を奪うぐらいしか思い浮かばないが、できれば取りたくない選択肢だな。


 リスクが大きすぎるのだ。


 此処は人間の街。人間の縄張りと言える。猫達は無力な存在だから、此処に住むことを許されているにすぎない。その猫が人間を襲撃したと知られればどうなるか……。猫が危険な存在だと認知されてしまえば、人間達が猫の排斥に乗り出すかもしれない。そうなれば最悪だ。


 我の仕業とバレなければ良いのだが、バレた時が恐ろしい。


 我が猫の王ではなく、シマのボスでもない、ただの野良猫ならやっていたかもしれん。しかし、今の我は、王都の全てのシマを支配し、無数の猫達を導く王だ。自分のことだけではなく、猫全体のことも考えなければならん。


 大いなる力を持つ者には、大いなる責任が伴うだったか? 人間は上手いことを言うものだ。責任など面倒なだけだが、これも我が猫の王である証だ。煩わしいが、自分勝手に迂闊なマネはできない。


 人間達には何か事件が起きた際に調べる治安維持の機関があると聞く。魔術だの魔道具だの不思議な力を使う人間達を侮ることはできない。


 現状は八方塞がりだ。


「はぁ……」


 思わずため息が出てしまった。ミケが見ているというのに、恰好悪いところを見せてしまったな。


「重症だねぇ……。どれ、お姉さんに話してみな」


 お姉さんって、お前は我より年下だろうに。ミケは世話好きな一面がある。ミケの世話になった猫は多い。だから皆の頼れる姉御なのだろう。ミケを慕う猫は多い。


「……止めておこう」


 迷ったが、結局我は口を噤んだ。無様な我の姿を語って聞かせるわけにもいかなかったからだ。我は王だ。王は常に堂々としていなければ。弱音の一つも吐けんとは、王とはなんと面倒なのだろう。王は孤独と言うが、正しくそうだ。……まぁ本当はミケに落胆されたくなかったからだ。誰だって良い女の前では格好つけたいものだろう? 言ってしまえば見栄を張ったのだ。ミケもこんな事相談されても迷惑だろうしな。


「そうかい。ま、無理には聞かないよ」


 ミケに気を悪くした様子はない。元々カラリとした性格だからな。嫌味が無い。我はそんなミケの性格を気に入っていた。


「そんなことより……」


 ミケがにじり寄ってくる。三本足で器用に歩く。


「どうだい? お姉さんと……」


 ミケが体をすり寄せてくる。その瞳は潤み、声には艶がある。我も男だ。ミケの言わんとしていることは分かる。最近暖かかったからな。春は猫の恋の季節なのだ。しかも、相手もミケほどの傑物なら文句は無い。


 我は了承を示すためにミケの体に体を擦り付けた。

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