第76話 猫集会②

 アリアの買い物により、アリアの資金が尽きかけている。干し魚を買う金も無いそうだ。元々アリアの金なのだから、どう使うのもアリアの自由なのだが、干し魚が無いと困る。アリアの齎す干し魚は我ら猫にとっては無くてはならないものだ。


 我は干し魚をボス猫や功績を挙げた猫への褒美として使っていた。猫達は褒美欲しさに我の命令にキビキビと従っていたのだ。干し魚という褒美が無ければ、猫達の動きは鈍いものになるだろう。


 それだけならまだ良い方だ。最悪の場合、猫達が我の命令に従わなくなるかもしれない。それは、我の造り上げた猫の王国の崩壊を意味する。


 干し魚如きで大げさなと思うかもしれないが、人間風に言うなら、国庫が破綻して給料も払えない状態なのだ。マズいなんてものじゃない。


 幸い蓄えがあるので暫くは大丈夫だが、このままでは近い将来、干し魚が無くなってしまう。


 そこで我が考えた策とは…。


「……金を拾い集めるのだ!」


「カネ?」


「そのカネとは?」


「これだ」


 我は影の中から銅貨と銀貨を取り出す。猫達の視線が銅貨と銀貨に集まるのを感じた。


「これがカネ…」


「変わった石だねぇ。丸くて模様が入ってて」


「こんなの集めて何になるんです?」


 経済どころか、貨幣の概念さえない猫に説明するのは難しいな。我も経済について全てを知っているわけではないし。


「簡単に言えば、この金と干し魚を交換してくれる奴がいるのだ」


 猫達が分かったような分からないような微妙な表情を浮かべている。


「変わった奴がいるんですね…」


「石ころなんて集めても腹は膨れないのに」


 まぁ金についてすぐに理解するのは難しいだろうな。我も苦労したものだ。こんな石ころに価値があるなど訳が分からなかった。だが金について多少理解すると、人間はうまいことを考えるものだと感心した。


 金は便利だ。腐ったりしないから、価値は変わらないし、保存しておくこともできる。持ち運びにも苦労しない。猫の社会にも貨幣を導入したいくらいだ。まぁ難しいだろうがな。猫には貨幣を造る事すらできないし。


「そんなまどろっこしい事してねぇで、そいつから干し魚を奪えば良いんじゃね?」


 なんとも野良猫らしい野生に満ちた案が出た。他の猫達もそうにゃそうにゃと頷いている。欲しいものがあれば奪う。野生の掟だ。


「それは悪手だ。そいつは人間だからな」


「人間…」


 人間と聞いて猫達が神妙な面持ちとなる。人間は強いからな。相手が強者となれば慎重になる。


「けど、あいつらはトロいですぜ。隙さえありゃ奪うのはそう難しくねぇはずだ」


「それに王様の力があれば、人間も怖くない」


「そうにゃそうにゃ」


 猫達の意識が『奪う』方へと傾いていく。中には人間と敵対することを良しとする意見も出ている。あまり良くない傾向だ。


「静まれ!」


 我の声に騒いでいた猫達が静まり返る。ふむ。猫達にとって我の威令は重いようだ。良い傾向だ。


「確かに、我にとって人間を倒すことなど造作もない」


「おぉー!」


「流石王様!」


 猫達が尊敬の眼差しで見つめてくる。人間は強いからな。我の他に人間を倒せる猫など皆無だろう。猫達にとって強さとは絶対の価値だ。強いというのはそれだけで偉い。人間を倒せる我は圧倒的に偉いのだ。


「だが、それはあくまで最終手段だ。人間とは基本的に協調路線を取る」


 本当にどうしようもなくなった時は…盗みに入るしかないな。しかし、我の仕業とバレたら面倒な事になる。アリアの評判にも係わるし、人間達の猫への悪感情が高まってしまう。できれば取りたくない最終手段だ。


「それはどうしてです?」


「逆に問おう。お前は人間に勝てるか?」


 我は若い虎柄の猫に問う。猫はむむむと難しい顔をして考え込む。


「……勝てません。でも逃げるだけなら余裕です!」


「それが答えだ。人間と敵対した場合、猫は勝てない」


「でも王様の力なら!」


 一部の猫達が期待を込めた瞳で見てくる。おそらくだが、一部の猫達が人間との敵対を良しとするまで強気なのは、我の力が大きすぎるのが原因だろう。我の力を以ってすれば、人間に勝てるのではないかと期待している。たぶん中には過去に人間に嫌な目に遭わされた連中もいるのだろう。だから人間との敵対を主張する。


 ここは厳しめに言って連中の目を覚まさしてやろう。


「それでも負ける。何故なら、我の力を以ってしても、人間との戦いの中で、全ての猫を護りきるのは不可能だからだ。先程、人間から逃げるのは余裕だと言ったな。だが子猫にはそれも難しい。戦いの犠牲になるのは子猫だろう。子猫が犠牲になるなど、猫の敗北に他ならない」


 猫達がしゅんとして項垂れる。子猫が犠牲になると聞けばこうなるのも当然か。子猫は宝。猫の未来なのだ。


「情けない顔をするな。我らは人間と敵対しているわけではないのだ」


 猫達がゆっくりと顔を上げて我を見た。


「人間とは協調路線でいく。ユリアンダルス邸を見てみろ。安全な場所を提供し、飯までくれるぞ。人間は恩には報いる種族だ。敵対しても良い事など無い。恩を売り、関係を深めるのが上策だ」


 ヒルダの実家の件を例に出す。ヒルダの実家は本当に猫に良くしてくれている。


「王様の言ってる事は嘘じゃねぇぜ。あっしがこの目でよぉく見てきた」


 猫達の中から声が上がる。きっとマダラだろう。マダラはユリアンダルス邸を含む広大なシマを支配する大ボス猫だ。白黒の斑模様で、皆からマダラと呼ばれている。


 猫達の中でもトップクラスの実力者であるマダラの言葉に、我の言葉の信憑性が増す。


「そうなんだな。人間は良い奴なんだな。ミカはいつもオラにご飯をくれるんだな」


 でっぷり太った白猫がその巨体を震わせながら声を上げる。皆からデブシロと呼ばれている猫だ。縄張りは小さな一軒家だけの狭いシマだが、その実力は本物だ。デブシロには野心が無いので小さなシマに留まっているにすぎない。大らかで気の良い猫だ。ミカというのは、たぶんデブシロの飼い主の名前だろう。


「そうそう。ご飯だけじゃなくて、毛繕いもしてくれるのよ」


「そう言や、オレもちっちぇー頃に人間に飯貰ったことがあったな…」


 飼い猫を中心に、人間は良い奴という風潮が高まる。このまま人間とは協調路線で決まれば良いなと思っていたが、当然反対意見と言うのは出るものだ。


「人間なんて信用できるか!見ろ!この短い尻尾!人間の奴に切られたんだ!」


 まるで兎の尻尾の様に短い尻尾を見せながら黒猫が叫ぶ。尻尾は猫にとって、感情を相手に伝えたり、体のバランスを取ったりするのに使う重要な器官だ。それを切り取られるとは……。


「そうだそうだ!オレの親友を馬車で轢き殺しやがって!」


「そうよ!私の子猫を返してよ!」


 他にも次々と人間へと憎悪の声が上がる。反対意見が出るのは分かっていた。だが…我の想像以上にその確執は重く深いものだった。傷害に殺害、誘拐。人間の罪を挙げればキリがない。


「皆の意見、もっともである。…だが、我は人間との協調路線を取る!」


「そんな…!」


「後悔しますよ!」


 反対派には悪いが、我の意思は固い。


「後悔などしない!我は人間に媚び諂えと言っているわけではない。あくまで協調だ。それも気に入らんのなら言い方を変えよう。人間を利用しろ。人間を利用して利を得るのだ。今回の一件もそうだ。人間を利用して干し魚を手に入れる。せっかく相手が石ころと交換してくれると言っているのだ。乗ってやろうではないか」


 我の言葉で反対派がすぐに心変わりするとは思えない。ましてや心の傷が癒える事など無いだろう。だが、いつの日か納得する手助けになれば良いと思う。


「だが、皆の言葉は胸に留めておこう。付き合う人間はよくよく選ぶことにする。人間にも良い奴悪い奴がいるからな。猫と同じだ」


 やれやれ、最初は干し魚の話だったのに、思いがけず人間についての意識調査のようになってしまったな。予想外の展開だが、猫達の気持ちを知る良い機会だったと思う。


 我が人間と付き合うのを快く思わない猫が居ることは知っていたが、意外に少数で安堵した。だが根の深さは我の想像以上だ。頭の痛い問題だな。


「そう言えば、最初は干し魚の話でやしたね。結局そのドーカとかギンカとか言う石を集めれば良いんでやすか?」


 マダラが話をまとめてくれる。助かるな。それにしてもマダラの奴、敬語になると途端に三下感が出るのは何故だろう?いくつものシマを束ねる大ボスだし、頭も切れる正に知勇兼備の男なのだが…。


「ああ。それで頼む」


 マダラに頷いて返す。


「聞いたかおめぇら!ドーカ石とギンカ石を集めっぞ!」


「おぉ!」


 マダラの言葉に皆が吠える。


「見本としていくつか配ろう。それを参考に集めるのだ」

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