第78話 鈴

 ―チリンチリン


「なぁ、アリアよ」


「なあに?」


 ―チリン


「何だこれは?」


 先程アリアに首に巻かれた首輪をしてからチリンチリンと煩くてたまらない。


「何って、鈴よ」


「そんな事は分かっている!何故こんな物を付けねばならんのだ!」


 ―チリン


 ああ!鬱陶しいな!動く度にチリチリ鳴りおって!


「ほら、この間服を買ったでしょ?たくさん買ったから、おまけで首輪を貰ったのよ」


 たしか胸が大きくなったからと服を新調したんだったか。アリアの胸元を見ると、胸が服を押し上げているのが分かった。ヒルダやレイラに比べればまだまだ小ぶりだが、ちゃんと存在を主張している。初めて出会った時は絶壁といった感じだったのに、成長したものだ。


「そうか。だが、我にこんな物は不要だ。すぐ外すように」


 ただでさえ使い魔の証として赤いスカーフを首に巻いているのだ。首輪は完全に蛇足だろう。チリチリと煩いし、早く外してほしい。


「せっかく貰ったんだし、付けないともったいないわ。似合ってるから良いじゃない。かわいいわよ」


 アリアがうりうりと人差し指で我の額を撫でるが、そんなことでは誤魔化されない。だいたい男に可愛さなど不要だ。我はアリアの指を叩き落とす。


 アリアに首輪を外す気が無いのが察せられた。仕方ない。我が論理的に首輪の不必要性をアリアを諭してやろう。まったく、世話が焼けるな。


「アリアよ。確かに我は可愛いかもしれんが、これでは困るのだ。こんなにチリンチリンと音を鳴らしていては、獲物に気付かれてしまう。それでは狩りは成功しない。我が飢え死にしてしまうぞ?さぁ、分かったら早く首輪を外すのだ」


 一分の隙も無い完璧な理論だ。アリアも分かってくれるだろう。


「狩りって…。狩りなんて必要ないでしょ?クロのご飯は私が用意してるんだから飢え死になんてするわけないんだし」


「ぐぬぬ…」


 ああ言えばこう言う奴め。




 女子寮の廊下をトボトボと歩く。結局アリアは首輪を外してはくれなかった。


 ―チリンチリン…


 鈴の音も我の心情を表しているのか寂し気に聞こえてくる。


 ―チリンチリン♪


 後ろからやけに楽し気な弾むような鈴の音が聞こえてくる。我の鈴ではない。いったい何だ?


 振り返ると、リノアが居た。その足取りは軽く、弾むような軽快さだ。顔を見なくてもご機嫌なのが分かった。その足取りに合わせてチリンチリンと鈴の音が聞こえてくる。どうやらリノアも鈴を付けられた犠牲者らしい。


「ごきげんよう、クロムさん」


 鈴を付けられたというのに、リノアはご機嫌らしい。声も弾んでいる。


「あぁ。リノアも鈴を…」


「分かりますか?ヒルダが付けてくれたのです。ヒルダがかわいい、良く似合うと褒めてくれました」


 リノアがウキウキと楽しそうに報告してくれる。鈴を付けられた事よりも、ヒルダに褒められた事を喜んでいるような態度だ。リノアはヒルダを尊敬しているからな。しゃべり方まで真似しているくらいだ。そのヒルダに褒められた事が嬉しいのだろう。


「その…、クロムさんはどう思いますか?」


 リノアがこちらを上目遣いで窺うように訊いてくる。我にとって鈴など鬱陶しい邪魔な物でしかない。鈴に対して良い感情を持っていないが、そんなことを言えばリノアの笑顔は曇ってしまうだろう。わざわざリノアを傷付ける必要もあるまい。我は己の感情を飲み込んで答える。


「良く似合っている。可愛らしい音がリノアにとても合っている」


「えへへ。嬉しいです」


 リノアが立てた尻尾をくねくねと揺らして喜んでいる。


「あら?」


 リノアの視線が我に付けられた鈴に留まる。


「クロムさんも鈴を…?」


 ふむ。何と答えるべきか。


「あぁ。アリアの奴が無理やりな」


 まずは自分の意思ではない事をアピールする。これは大事だ。


「こんな…可愛い物、我には似合わんだろう?」


 鈴の何が可愛いのか理解できんが、遠回しに鈴を外したい事をアピールする。こんなチャラチャラした物を着ける男だとは思われたくない。リノアの鈴を褒めた手前、あまり鈴の事を悪く言えないのがもどかしい。


「そんなことありませんわ!良く似合っています!」


 リノアが喰い付く様に否定する。こんなに覇気のあるリノアは初めて見たかもしれない。何がリノアをそこまでさせるのか謎だ。


「かわいいです!」


 我は可愛さなど求めていないのだがな…。


「それに、うふふ、お揃いですね。嬉しいです」


 お揃いだと何が嬉しいのか謎だ。


「良く似合っていますから自信を持ってください。それに、自信のないクロムさんなんて、クロムさんらしくありませんわ」


 何故か励まされてしまった。我らしくないと言えば、鈴なんてつけてる方が我らしくないと思うのだが、リノアの中の我はいったいどんなイメージなのだろう?


「あぁ…、ありがとう…」


「いえいえ。当然のことを言ったまでです」


 何故かリノアが満足げに頷いている。まるで狩りが上首尾に終わったかの様な晴れ晴れとした顔だった。




 その後、この会話はリノアからヒルダへ、そしてアリアへと伝わった。どこでどう聞き間違えたのか知らないが、我は鈴のような可愛い物が大好きで、しかし自分には似合わないと悲しんでいる事になっていた。おかげでアリアに鈴を外せと訴えても「似合ってるから大丈夫よ。かわいいかわいい」と聞き流される始末だ。ちくしょうめ!

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